マジカル・ヒステリー・ツアー

空にしてって 酒も肴も

今日でおしまい 店仕舞

五年ありがとう 楽しかったわ

いろいろお世話になりました

しんみりしないでよ…ケンさん

新宿駅裏“紅とんぼ"

想い出してね…時々は

 

[#地から1字上げ](ちあきなおみ、紅とんぼ)

 

辻愛沙子氏がデーブ・スペクターに苦言「もうそんな時代じゃない」

蓮舫ダジャレで

 

実業家の辻愛沙子氏(28)が13日、自身の「X」(旧ツイッター)を更新。テレビプロデューサーのデーブ・スペクターの発言に物申した。

 

デーブは12日にX(旧ツイッター)で「蓮舫がテレビ司会者に転身→ヒステリーチャンネル」と投稿。

 

この発言に対し蓮舫氏も反応。「それはどういう意味かしら、デーブさん。私の闘いや私の姿勢を個人で笑うのはどうぞご自由に。もう数十年お会いしてませんが。私を支え、私に投票してくださった方を否定しないでいただけると嬉しいわ」と火花を散らしていた。

 

辻氏も13日にデーブのポストを引用。「物言う女を『ヒステリー』と呼び必死で矮小化したい男」と批判した。

 

さらに、「言論の中身ではなく印象論でしか言いがかりをつけられない、使い古されたこの蔑視表現が、かつて多くの女性たちの口を塞ごうとしてきた。もうそんな時代じゃないんですよデーブさん」と続けると「冷ややかに見られているのは貴方です。内省した方がいい」と指摘した。

 

[#地から1字上げ](東スポWEBによるストーリー)

 

特攻の取材を通じて感じられるのは、初期のフィリピンにおける神風特別攻撃隊、回天特別攻撃隊、桜花の神雷部隊と進むにつれ、隊員の意識に大きな相違が見られる現象である。終戦末期の「白菊特攻」(爆撃機搭乗員の訓練用中葉機・五人乗り)、「赤トンボ特攻」(複葉の中間練習機)に至っては戦術的にも問題外であるが、こうした戦争指導者の意識は敏感に隊員に伝わる。神風特別攻撃隊の二〇一空飛行長中島正少佐は、フィリピンから引き揚げ後、鹿屋基地で神雷部隊の作戦主任(中佐に昇級)となったが、隊員の心のすさみを感じとって、

 

「神風特別攻撃隊の時はこんなのではなかった」

 

と慨嘆している。末期になると隊員の中に“厭戦気分”さえ感じられるようになる。

 

[#地から1字上げ](御田重宝、特攻、講談社

 

四月六日「菊水一号作戦」が始まり、沖縄の陸上戦が終了(六月二十三日)する二日前の二十一日、「菊水十号作戦」をもって組織的な航空特攻作戦は陸海軍ともに終了する。練習機まで突っ込ませたのは「本土決戦」に備えて実戦機を温存したためもあったが、特攻に使用する飛行機が底をついたのである。

 

以後、散発的な特攻が続く中で、七月二十九日、海軍の中間練習機が台湾から宮古島を中継して沖縄方面に爆装して出撃している。中間練習機は九三式と呼ばれる固定脚か、浮舟(フロート)の付いた複葉機(赤トンボ)である。

 

「かわいそうで見ていられなかった」

 

という目撃者は枚挙にいとまがない。生き残った特攻隊員でさえ、

 

「あれはむちゃだ」

 

と口をそろえる。

 

「白菊」特攻隊の兵器整備係だった、福地義人上等兵曹(広島市中区鶴見町)の回想がある。昭和十五年、呉海兵団に志願し航空関係の任務についた人だ。

 

「鹿屋基地の近くの串良に『白菊』の基地がありました。出撃はそこからです。予備学生十三期、十四期、予科練出身者など初心者がいました。俳優の西村晃さんや茶道家元の千宗室さんもここです。最初に出撃したのは徳島海軍航空隊の所属で、二百五十キロ爆弾一個を抱いた、二十機近くだったと思います(連合艦隊告示は二十五人)。ついで高知海軍航空隊所属の『白菊』隊が出て行きました(同四十人)。夜間攻撃で、悲壮でしたが使命感に燃えていました。同郷(広島市)で乙飛(特)一期(十八年入隊)の石井正行二飛曹が『第二白菊』(同十四人)で五月二十八日に出撃しました。

 

『白菊』の風防を開けて挨拶する石井君に、

 

『何か言うことはないか。しっかり頑張れ』

 

と励ますしかありません。彼は従容として行きました。

 

二百五十キロ爆弾を抱いた『白菊』のスピードは私には詳しいことはわかりませんが百五十キロぐらいしか出なかったのではないでしょうか。これは完全に自殺行為の強要ですね」

 

実戦を全く知らない、飛行技術の未熟な若い隊員の士気が高かっただけに、計画を立てた首脳部の精神状態を疑いたくなるのが、この練習機特攻である。もはや戦闘ではない。

 

石井二飛曹の遺書がある。

 

「出撃ニ際シテノ所感。

 

斯クテ待チニ待ッタ出撃ダ。練成教育ノ始マル以前ヨリ今日ノ来ル日ヲ希望ト意気デ訓練ニ励ンデキタ。

 

咲イタ花ナラ散ルノハ覚悟。今日マデ実用機教程ト飛行技術ヲ習ッテ来タノモ今日有ル日ニソナエテノ訓練デアルコトヲ出撃ニ際シテ深ク感ジル次第デアル。

 

練習機デ敵艦に突入スルコトヲ感ズレバ痛快デアル。何モカモ心残スコトナシ。一ニモ二ニモ国ノ為ニト喜ンデ出撃スル次第デアル――国ノタメニ笑ッテ死ナン」

 

十八歳の若者の“まさに死なんとする時”の言やよしである。

 

「練習機で敵艦に突入することを感ずれば痛快である」

 

「国のために笑って死なん」

 

という文字の重みが胸に響く。が果たして練習機で沖縄の敵艦に体当たりできるだろうか。できると信じているだけに心情は哀れである。

 

このような状況の中で、陸軍航空本部は五月下旬、陸軍特攻の中心基地であった知覧に、望月衛技師を派遣して特攻隊員の心理調査をさせている。この内容は生田惇著『陸軍航空特別攻撃隊史』(ビジネス社)に詳しい。

 

もっとも、調査を必要としたのは、隊員よりも戦争指導者の心理状態であったろう。が、ともかく航空本部でさえ、特攻隊員の士気の問題に気づき始めたということであろう。

 

望月技師は面接、アンケート調査し、結果を二十年六月、航空本部教育部長名で関係部隊に配布している。

 

教育部長は六月一日着任したばかりの寺田済一中将である。フィリピンにあった四航軍(冨永恭次司令官)の参謀長から、冨永軍司令官の意にそわなかったため、決戦最中に更迭された木下勇中将の後を継いで第二飛行師団長に任命された人だ(既述)。

 

最初に特攻隊員を送り出した側の人だけに、特攻隊員の心理についてこの人なりに疑問をもっていたため、発表をためらわなかったのではないか。ある意味では勇気のある調査結果で、意外な真実を教えてくれる。

 

六航軍の「特攻隊員の心理調査」は、

 

「戦場心理ヨリ看タル特別攻撃隊員ノ士気昂揚策」

 

となってはいるが、むしろ隊員の特攻作戦に対する赤裸々な告白が読み取れる。

 

筆者はこの調査書の現物を見ていない。以下生田惇氏の『陸軍航空特別攻撃隊史』の記述を借りる。

 

特別攻撃隊員ヲシテ欣然其ノ任務ニ就カシメ得ルヤ否ヤハ編成ヨリ出撃ニ至ル間ノ精神指導ノ適否ニ係ハルコト極メテ大ナリ」

 

と精神指導が大切であるとし、

 

「隊員ニシテ攻撃ヲ忌避シ或ハ是レニ臆スル如キ者若干ヲ認ムルモ性格的劣格者タリト認メラルルモノヲ見ズ」

 

としながらも、次のように解説している。

 

「隊員ニ編入セラレテ尚覚悟ノツカザル時ハ

 

『ソノ場ニナリテ何トカ決心』

 

セントシテコレヲ遷延シ、従ツテ直前ノ雰囲気ニ過度ニ敏感トナリ、精神ヲ左右セラレ、却ツテ益々決心ヲナスニ甚大ナ努力ヲ要スルニ至ル。現在ノ隊員ニシテコレニ属スルモノ約三分ノ一アリトスル観察ハ殆ド正シキカ」

 

当時の文章を読み慣れていない者には少し難解だが、要するに、

 

「出撃するその場になってなんとか決心しようとして(その場になればなんとかなる)覚悟することを延ばすから、出撃直前になって覚悟をするのにかえって努力がいることになる」

 

ということで、そうした隊員が、

 

「三分の一はいるという観測は正しい」

 

という意味である。つまり三分の一は初めから特攻隊員になることを希望していなかったことを証明している。

 

そして覚悟をしていた者でも待機する日時が長くなると挫折してゆき、

 

「抗命などの犯罪が起きる恐れがある」

 

とずばり指摘している。

 

精神教育は大切、としながらも、

 

「お説教的精神教育は全く有害無益。ことに軍人の行う説教がそうである」

 

と言っている。

 

若者が進んで特攻隊員として困難に赴こうとしていることは確かだが、いくら特攻を繰り返しても戦局は全く好転しないのみか、ますます敗勢になってゆくことを隊員は知っていた。特攻作戦が長期化、恒常的になって“厭戦気分”が隊員の間にはびこり始めたのであろうか。現場指揮官の不満もあったと思われる。

 

[#地から1字上げ](御田重宝、特攻、講談社

 

 

記者 都知事ではなく、副知事ではダメなんですか。

 

蓮舫 ダメです。都知事には絶大な権限がありますが、副知事にはありませんから。

 

[#地から1字上げ](出典不明)

 

 

現在の小池都知事が、蓮舫さんを副知事に任命したいかどうかはともかく、蓮舫さんは本当に都政にコミットしたいのであれば、副知事になってでも、都民のために働きたいと思うはずではないか。どうして、あんな記者への返答になったのか。われわれには、今でもわからない謎になっている。

 

[#地から1字上げ](われわれの詩学

 

 

あたしは蓮舫さんを応援していたが、負けてしまった。選挙後、立憲の支持率も下がった。

 

この後は衆議院選がある。左派の議員たちは、なぜ自分たちが左側に立っているのか、もう一度、思い出して欲しい。原点である『弱者と労働者を守る』ということを、真剣に、そして愚直に、対面で少しでも多くの人に訴えてみることをしてみたらどうだろう。あたしはそうしてみる。

 

[#地から1字上げ](室井佑月の「嗚呼、仰ってますが。」)

[#地から1字上げ](左派の議員たちはもう一度、原点を思い出して欲しい。)

[#地から1字上げ](公開日:2024/07/12 06:00 更新日:2024/07/12 06:00)

 

 

今は我慢しよう 俺たち一緒に

夢を飛ばしてきた 竹とんぼじゃないか

 

サンキュウー!

 

[#地から1字上げ](堀内孝雄、竹とんぼ)

 

ヒストリー(オランダ historie 英 history) 歴史。

 

ヒステリー(ドイツ Hysterie)

 

1 身体的に異常は全くないのに精神的な原因で現れる病的症状。心理的葛藤を病気になることによって逃避したいという気持が、肉体的症状を無意識に表すもの。精神、神経症状のいろいろな症状が発現し得るが、暗示を受けやすく、他人のいないところでは症状は出ない。女性に多い。

 

2 感情をおさえることができず、病的に泣きわめいたり、怒ったりすること。ヒス。

 

[#地から1字上げ](小学館