遥かなる愛子天皇(20世紀をふりかえる・マス・メディア=奥平康弘)

遥かなる愛子天皇(20世紀をふりかえる・マス・メディア=奥平康弘)

 

 

 

20世紀をふりかえる

マス・メディア=

 

[#地から1字上げ]奥平康弘

 

 

 

戦前――実体としてのマス・メディア

 

 

 

日本が20世紀を迎えたころには、すでに、マス・メディアということばに対応する実体があったのは疑いない。20世紀初頭には、新聞・雑誌および書籍のたぐいが相当多数の大衆(マス)を相手にして公刊(パブリケイション)される段階に達していたからである。これら活字媒体につづいて、活動写真という名で知られる映像媒体が顔を出し、徐々にオーディアンスの範囲を拡大して、マス・メディアの一角にとりつくようになったのは、関東大震災のあった1923年前後あたりからだと考えられる(たとえば、山本喜久男「大衆文化としての映画の成立」『講座日本映画』第一巻、71頁以下所収、岩波書店、1985年)。そしてその2、3年後には、放送媒体がこの戦列に加わることになる。すなわち、25年に3つの放送局がそれぞれ放送を開始し、ついで翌26年には社団法人日本放送協会が放送事業を独占するようになる。広く撒布することを意味するものとしての放送(ブロード・カースティング)は、形態必然的にその初発からマス・メディアの範疇に属していた。

 

というわけで、活字・映像および音響のジャンルによる大衆伝達媒体は、戦前日本においてほとんど全面的に出揃った、といえるのである(形態でいえばあとは、戦後はじめて登場することになるTVの登場を待つばかりであった)。

 

 

 

ことばとしてのマス・メディア

 

 

 

このように、マス・メディアの実体は、まぎれもなく社会に備っていたが、これに対応することばとしてのマス・メディアは、戦前日本には存在しなかった。マス・メディアが、いつ、どんなふうな経緯を辿って日本に普及するようになったかについては、残念ながらいまのぼくは調べがついていない。ここでは、ごくプリミティヴな仕方で事態を認識するにとどめるのをお許しいただきたい。すなわち、『広辞苑』第1版(1955年)にはこの単語は出てこず、これがはじめて顔を出すのは、第2版(1969年)のことであって、そのとき、「マス・コミュニケーションの媒体となるもの。新聞・出版・放送・映画など。大衆媒体。大量伝達手段。」といういまの元型が示された(『広辞苑』のこの辺の変遷の一端を覗くのは一興である)。たとえば、こうである。マス・コミュニケーションは、「大衆伝達。大衆通報。新聞・雑誌・ラジオ・テレビジョン・映画などの媒体を通じて行われる大衆への大量的な伝達。」という内容をともなって、早くも第一版に登場している。そして、マス・コミは、「マス・コミュニケーションの略。転じて、マス・メディアの意に用いられる。」という形で第2版から出現する、などなど)。

 

辞書的な探究は後日にゆずるとしてぼく個人の体験(記憶)においても、マス・メディアがぼくの語彙のなかに入るのは、学生時代(1950年前後)のことであった。マスという先行詞の付いたもろもろの単語と一緒になって入って来たような気がする。ただし、きっとぼくだけのことだったと思うが、メディアというのは複数型であって、単数型であるためにはメディァム(medium)でなければならないということを、おなじようなラテン語系の、そしてそのころやはりおなじように日本語化しつつあったデータの単数はデイタム(datum)ということなどとともに、覚えねばならなかった。

 

日本だけでなく、多分この単語の原産地であるだろうアメリカにあってもマス・コミュニケーションであれマス・メディアであれ、この種の言語あるいはコンセプトの普及現象がみられるようになったのは、そんなに古いことではなかろう。社会学が一定程度発達し、事実上ばらばらに存在し機能していた表現・伝達諸媒体を総体として観察するようになってから以降のことに属するはずである。日本でも事情は似たようなものであると理解して大過なかろう。

 

(ことばと相対的に区別されたコンセプトというコンセプトについては、See,JamesBoydWhite,JusticeAsTransitionXV,2533,UniversityofChicagoPress,1990)。

 

 

 

戦前――マス・メディア統制

 

 

 

ぼくは社会学を専門とする者ではない。一介の憲法研究者でしかないので、マス・メディアを扱うばあい、どうしてもその形態や内容について、国家法がどう関わるかという方面に注意をむけてしまう。いってみれば、マス・メディアの法的統制に目が移ることになる。

 

日本でのこの方面の展開は、周知のように明治初期の新聞紙条例・出版条例の成立以来系統立って、そしてきわ立って権力主義的な仕方でなされた。公安警察的・風俗警察的な観点からの規制体系(その元型は、いまなお、たとえば関税定率法21条1項4号が輸入禁制品として定める「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻その他の物品」に、ちゃんと留められている)は、世界に冠たるものであった。この体系は、明治憲法(1889年)のもとで、出版法(1893年)および新聞紙法(1909年)へと引き継がれながら、基本的にはマス・メディアとしての活字媒体のうえに支配しつづけて、戦争準備体制・戦争遂行体制の重要部分を占めた。内務省警保局が管轄官庁であって、統制は、出版・新聞など刊行業に対する秩序維持および発売頒布禁止処分を根幹とするさまざまな内容干渉の形をとっておこなわれた(音響媒体としてのレコードは、1930年代には相当に普及する。当初は治安警察法一六条による取り締まりに服したが、普及度の高まりとともに密なる統制の要が感ぜられて、1934年には、レコードは「音ヲ機械的ニ複製スルノ用ニ供スル機械ニ音ノ写調セラレタルモノ」と定義されたうえ、書籍等と相似して出版法上の規律を受けるものとなった)。

 

活動写真は、業として興行されはじめる1910年代後半には、東京はじめ各府県または警察署がおこなう検閲に服していたところ、1925年の「活動写真『フィルム』検閲規則」により内務省の統轄下に入る。フィルムは大審院判例により「印刷物」と見做されながら、戦前は一貫して内務省検閲の特別統制に服する。戦争とともに映画のイデオロギー媒体性はきわめて強く意識させられ、そのゆえ、1939年、映画法が制定されて、映画産業の保護育成とフィルム内容取り締まりとの両側面に力点が加えられた。

 

既述のように、社団法人日本放送協会が放送事業を開始したのは、1926年のことである。経営主体は社団法人であったが、事業そのものは本来的に「国家独占権」に属するのであって、同法人は国家の代行者として、放送編成・放送番組等その事業遂行に関しては逓信省官僚が細かい監督権を行使した。戦前の日本の放送は、逓信省の手の平のうえに載っておこなわれたのであって、半官半民という評価はそのことの婉曲表現である。

 

こうした概観から知られるように、戦前マス・メディアに対する法的統制の主導権を握ったのは、警察中央官庁としての内務省(警保局)であった。メディアの内容=イデオロギー統制が中心課題であり、かつ当時は新聞・出版など活字メディアがこの間の主役であった以上、内務省が君臨的地位を占めたのは、必然である(逓信省は放送番組内容のチェックのために、また大蔵省は輸入外国出版物の税関検閲のために、それぞれ検閲基準を設定する必要があったが、この方面の先輩であり経験ゆたかな内務官僚の実務を上目遣いで眺め、後塵を拝する格好にならざるを得なかった)。

 

 

 

マス・メディア総局としての情報局

 

 

 

どちらにせよ、しかし、個々のメディアは縦割り式に並存し取り締まりの対象とされてきたが、準戦時体勢に臨む段になると、マス・メディアという概括が可能あるいは必要な事態になる。マス・メディアあるいはそれと類似の単語あるいはコンセプトなしに、マス・メディアに見合う総体が、国家によって把握されることになる。その担い手は、1940年に成立した情報局である(なぜか現代史家のあいだでは、この機関を「内閣情報局」と呼ぶのが例である。しかし、官制のうえでは内閣情報局なるものは存在しない)。

 

情報局は、「国策遂行ノ基礎タル事項ニ関スル情報蒐集、報道及啓発宣伝」、要するにインテリジェンスに関する諸活動の事務をつかさどるとともに、およそマス・メディアと関係するありとあらゆる諸活動の「指導取締」をおこなう機関、つまりはマス・メディア総局であった。情報局は国家総動員による総力戦を闘うための機関であって、そういうものとして各省庁から派遣された官僚の寄り合い所帯であったが、マス・メディアの「指導取締」の分野では、やっぱり内務官僚の発言力が強かった。ただし、このころには電波媒体を軸にして逓信官僚が前面に出てき、「革新」をふりかざして内務官僚と張り合う局面が出てきたのは、戦後マス・メディア統制における郵政官僚の勢力伸張振りと合わせて記憶されるに値する。

 

 

 

戦後の再編成

 

 

 

――アメリカナイゼイション

 

 

 

敗戦による内務省・情報局の解体、やがて新憲法の成立にともなうマス・メディアの自由保障など、この領域には革命的な地殻変動が生ずる。しかしながら、当分のあいだ内務省など日本国家権力機構に代わって、占領軍勢力が絶大なる影響力をもってマス・メディアにせまってくるのであって、その民間情報部(CIO)が打ち出し実行した政策は、ある意味では旧帝国官僚のそれを顔色なからしめる態のものであったことを指摘しないわけにゆかない。

 

GHQ民間情報部はプレス・コード、ラジオ・コードや占領目的阻害処罰令など、あれやこれやの超憲法的な規制手段を使って、活字媒体に対して相当に内面指導をおこなった。放送・映画などの媒体についても、けっして単に消極的に検閲して表現禁止を命ずるといったレベルにとどまらず、プロダクションそのものの再編をももとめてゆずるところがなかった。なんといっても向こうは世界に冠たるマス・メディア王国であり、対するに「12歳のこども」に類する低い文化の国・日本の業界は、深刻な「遅れ」に纏まといつかれていると見做されたからである。

 

アメリカナイゼイションがいちばんいちじるしかったのは、まずはラジオ部門であっただろう。けれども、1950年放送法を契機に新規登場したTVは、なに分にも零歳からの出立であるのに対し、アメリカは権力・資本・ノウハウ・実践、すべてを兼ね備えた超人的存在であったから、ピンからキリまでアメリカの影響を受けたのは疑いない。アメリカと違って日本は公共放送形態を残したから、商業放送との二元主義のもと、育ての親(いや生みの親でもあるか)と一味違った、その意味でユニークなメディアたる性格を帯有するにいたった面がある、と考えたい。そうであるにしても、ごく最近まではこの業界にあっては「アメリカで流行したものが、5年後には日本にもみられるようになる」という法則をよく耳にしたものである。

 

 

 

現状としてのマス・メディア

 

 

 

21世紀のことは知らない。ともあれ、20世紀が終わらんとするいま、TV文化の力には絶大なるものを感ずる。こどもたちや家庭女性のTV漬けのことはさておく。たとえば、ぼくと同世代の連中と年に2度ほど一泊旅行をする機会が定期的にあるのだが、ぼくを除いたすべての者が、じつに克明にさまざまな放送番組をフォローする生活様式を保っているのをまのあたりにする。これは一種の依存症だと思う。

 

複雑な社会になればなるほど、よりよく生きるのに望ましい環境情報の形態・ありようは多元的であるべきである。そして事実、この点の多元性は無類の域に達しているだろう。だが、多くの人はTVのほかにこれにうわ乗せして、他の報道媒体からの情報収集にどれだけ時間をかけているだろうか。他の媒体はTVに十分に有効に対抗する質・量をもっているのだろうか。

 

たとえば新聞である。TVと競い販売部数を維持または増加させるために、いちじるしくマス化しTV化していないか。欧米のそれと比べて、新聞は深味・厚さ・ねばりを失い、原理・原則なしに拡散して現実を追いもとめ、刹那主義に陥っていないか。

 

新聞という存在を考えるとき、ぼくがいつも念頭におくひとつの尺度がある。どれだけ政府(および支配体制)から独立であるかという程度問題にかかわる。そのさいのひとつの基準は、1971年にニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストがあえて登載したペンタゴンのベトナム戦争関係文書のことである。周知のように両紙は、各々独自の判断でこの秘密文書の公刊に踏み切り、政府はこれに対抗する差し止め命令発給を裁判所にもとめた。合衆国最高裁は政府のもとめに応ぜず、訴訟は両紙の勝で終ったが、問題は、似たような国防コンテクストにあるとき、似たような秘密文書を入手したとすれば、日本のメイジャ新聞は果たして政府の主張する国益に反してまで、新聞独自のチェッキング機能のほうを選ぶだろうかという点に生ずる。

 

新聞の自主性という点には、ぼくは全然自信がない。そこに信頼できないものがあるということは国家機密の扱いについてだけのことなのか、それともそれはひとつの顕者な例なのであって、総じて新聞の一般的なありようにもかかることなのだろうか。つい考えさせられてしまう。

 

日刊新聞への頼り甲斐に欠けるところがあっても、週刊・月刊雑誌など補完するものがあれば、まだ救える。かつては、コクのある情報を提供する雑誌があった。しかし今は、あるにしても、いかんせんマスヽヽ・メディアとはいい難いところで命脈を保っているにとどまり、マス・メディアに匹敵する力を持てないでいる。

 

マス・メディアというものは、これからますます、ひとの非社会的な生活領域のわく内での好み・趣味・娯楽・便利(漱石のいわゆる「横着心」の満足)・快楽・癒し・利殖などなどに先鋭化して耽けることになるのだろうなと思う。そうでありつづけるかぎりは、現支配体制の支配には都合がいい存在であるにちがいない。

 

 

 

遥かなる愛子天皇(奥平康弘・東大名誉教授に聞く)

遥かなる愛子天皇(奥平康弘・東大名誉教授に聞く)

 

 

 

憲法~戦後発展の重要な礎

 

 

 

――奥野誠亮代議士は、日本国憲法は「米国が日本を侵略する過程で作り上げたものだ」として、改憲にも積極的な姿勢を見せています。

 

 

 

日本国憲法はなぜいけないのかという中身がなく、彼はただ占領軍の押しつけだから悪いという。そして、平和憲法の理念を具体化した9条を全面的に否定することで、憲法全体を否定するわけです。敗戦を悔しく思い、ああすれば勝ったかもしれないという価値体系をそのまま維持し、なぜ日本が敗戦に向かったのかということを考えない。じゃあ明治憲法はいいの?という問いに、彼はどう答えるのでしょうね。

 

 

 

複合的過程

 

 

 

――「押しつけられた」憲法という考え方に反論はありますか。

 

 

 

ある一つのものの見方からすれば、押しつけだということは否定できません。憲法は頭からしっぽまで日本人がイニシアチブをとって作ったのだとはいえない。

 

 

 

しかし事柄はそう単純ではない。憲法はいろんな人間の価値判断やディスカッションを経てできあがり、制定された過程は複合的です。憲法を作る最初の段階で、内容はこうあるべきじゃないかというアイデアが占領軍から示されたのを、ある種の人は押しつけだと考えた。奥野さんと同じ内務官僚でも、戦前のありように批判的な人は、現実的に憲法を受け止める余地があったと思う。

 

 

 

――憲法の制定は日本にとってどんな意味があったのでしょう。

 

 

 

憲法は、飲みたくないのに飲んだら下痢を起こしたというような単純なものではなく、飲まなきゃいけない要素があったからある程度定着した。経済発展や国際的イメージも含め、技術、科学、文化などの領域で戦後の日本に誇りうるものがあったとすれば、それは憲法を手がかり足がかりにしたり、反発したりして、新日本の建設という複雑なものが始まったからです。憲法の問題は、戦後の日本が発展する過程の重要な礎になった。それを否定したら、今の日本のありようを否定し、戦前の日本に立ち返ることになる。

 

 

 

男女の平等

 

 

 

――戦前の日本とは。

 

 

 

米国に行くと必ず会う、僕より年配の甲斐さんという日系人女性の話をしましょう。サンフランシスコに生まれた彼女は、8歳のときに家族と東京に戻って教育を受けた。ところが2年後、一人で米国に帰るんです。当時の東京は非衛生的で、道は肥だめのにおいがし、男性は所かまわず立ち小便をした。男女が完全に隔絶され、開かれた社会になっていないと感じた彼女は、帰りたいと泣いて訴えたそうです。

 

 

 

彼女と似た経験を強烈にしたのがベアテ・シロタ・ゴードンです。両親の後に日本にやって来たベアテは、男女の差別や家長権など、人間の尊厳をちっとも考えない日本社会を、ヨーロッパ的基準から見て耐え難いと感じたそうです。その後米国に渡り、45年に占領軍の一環として日本に帰った。日本語ができるため憲法の調査をさせられ、ぜひ日本の男女平等を完成してイエ制度を解体させようと、憲法24条の草案に取り組むわけです。

 

 

 

戦前の日本は、別の価値基準を持っていた人にとっては耐え難いほどに抑圧的だったということを痛感しました。僕が奥野さんに聞きたいのは、戦前の日本はよかったんですかということ。今の子どもに納得できるように戦前の日本を描けるのか、描けるのであれば戻りましょう。それで世界で受け入れられますか、ということなんです。

 

 

 

視点変えよ

 

 

 

――抑圧的だった社会を知っているのに、憲法を評価できないのはなぜでしょう。

 

 

 

奥野さんは戦前の社会が抑圧的だとは考えないわけですよ。その視点は恐らく、奈良の名家に育ち、調子よくやってきた世界がよかったということにしがみついているから。底辺で彼を彼たらしめた、抑圧された人々の運命が当時どうだったかということを見る目がなかったのだと思う。官僚として一本線を歩いてきて、自分の戦前の歴史を批判することはできないですよ。自分の世界しか歩いていないのだから。それを甲斐さんやベアテの目で眺めれば違うんじゃないの、と思う。

 

 

 

僕も本当の底辺にいる人のことはわからないけれど、小中学校の秩序が戦争中に壊れたということを批判的に眺めていこうと努めている。抑圧された人々の目で見ず、世界の標準で見ずに戦前はよかったのだと考えれば、靖国神社公式参拝はいいことだし戦争責任は考える余地がない、憲法に批判的になるのも当たり前になってしまう。

 

 

 

おくだいら・やすひろ 29年北海道函館市出身。53年東大法学部卒業。東大教授、東大社会科学研究所長、国際基督教大教授を経て東大名誉教授。平和憲法を守り、表現の自由を擁護する立場から問題提起を続けている。00年に憲法学者や市民運動家らが発足し、国会に設置された憲法調査会の傍聴と分析をしている「憲法調査会市民監視センター」代表。著書に「いかそう日本国憲法」「治安維持法小史」「『表現の自由』を求めて」などがある。

 

 

 

改憲論議~平和主義で貢献可能

 

 

 

――昨年の米国同時多発テロを機に、国防を理由にした改憲論が盛り上がっています。

 

 

 

奥野誠亮さんは占領軍の押しつけだとして憲法を批判しているが、戦後に日本国憲法の下に生まれた政治家の大半は、もはや憲法を全面的に批判する立場にはない。なぜなら、彼らは54年に自衛隊法が成立した時点、すなわち自衛隊は専守防衛に徹し、個別的自衛権で自己を守るだけで、海外派遣など考えられないという解釈が自民党の支配的イデオロギーだった社会に育っているからです。その意味で、自衛隊は合憲だという意識で9条を受け止めていると思う。

 

 

 

その支配的イデオロギーも様々な問題に直面して変化する。80年代ごろに「自衛」という言葉を拡張した考え方が出てきた。これが湾岸危機で大波を受け、国際的な要請があるから派遣しようという意見が出てきた。周辺事態法やテロ対策特措法がそうであるように、米国の後方支援をする形で海外に出かけるのはいいことじゃないかと。支配的イデオロギーは、僕の理解では非常にアメリカ従属的です。

 

 

 

初の概念だ

 

 

 

――国会では、武力攻撃事態法案など有事関連3法案が審議されています。

 

 

 

全く賛成できない。武力攻撃事態というのは初めての概念だ。今回は個別的自衛権からもう一歩前に出て、攻撃を受けそうな気配のある事態だという。明日にも急迫不正に日本海に艦船が現れるとか、町にパラシュートが落ちてくるとはとても考えられないが、政府は「想定できない事態」を考えろという。想定できない事態はたくさんありますよ。例えば駐日米軍が国連軍と一緒になって日本を空爆するとか。そういった「あるはずのない」事態になったとき日本はどうするのか、ということを考えないと政治家として責任がもてないという論理を押しつけてくるのだから、手も足も出ない。

 

 

 

第2の問題は、頭だけ漠然と出しておいて後は政令でやるという点だ。法律で決めるべき内容を、「細かなことだから法律ができてから決める」というのでは議会で審理したことにならない。

 

 

 

背景がない

 

 

 

――法案を憲法と照らし合わせると。

 

 

 

日本が武力攻撃を受けたときにどうするかということを憲法は何も規定していない。憲法の背景がないのだから、そういう事態を予想して備えること自体できない。

 

 

 

相手が攻めてくるかもしれないというとき、僕はせいぜい隠れることしかできないでしょう。「戦時において法はない」という通りで、あらかじめ法で決めた通りになるなんてあり得ない。

 

 

 

本当に敵が攻めてきたら、自衛隊なんか押しのけて米軍が勝手気ままに振る舞うはず。有事立法は米軍を拘束しなくなる。逆に、米軍に役務などを提供することを明記していることを見ても、この法案は結局、場合によっては日本は、集団的自衛権の名において外国に攻めて行かねばならないのだという強力なしくみでしかない。

 

 

 

――日本だけが血を流さず、金を出すだけでいいのかという「一国平和主義」批判を改憲の理由に挙げる人もいます。

 

 

 

一国を基盤にしているじゃないかというけれど、国際法的な平和というのは相手がいないと考えられないもの。もともと平和主義とは一国規模であろうはずがないものだと思うんですよ。「一国平和主義」批判というのは海外派兵を正当化するためものでしかない。

 

 

 

政府も僕たちも、日本国憲法の平和主義を社会に向かってあまりにも宣伝しなさ過ぎたと反省します。でもその割に、海外ではある程度、日本は平和主義的で軍事的な価値に重点を置かないというイメージがあり、原爆を体験したひと味違う国だという印象がある。僕は、だからこそ日本は経済発展したのだと思う。日本が暴力主義的で攻撃的だったら経済大国はできあがらなかった。

 

 

 

ひと味違う

 

 

 

――憲法に則した海外援助のあり方とは。

 

 

 

湾岸戦争以降、日本は軍事貢献をし、自衛隊を派遣することが国際貢献の重要な要素だと考えちゃった。国際貢献は軍事力ですることだという「国連的理解」に乗ってしまったんです。それならもっと効果的で経済的に独自の貢献ができた。きちんとした援助計画を立て、現地の生活に即した情報やノウハウを集めて人を派遣したり経済援助をしたりすることができた。ほかの国とひと味違って、ほかの国から、貢献したとの認識を勝ち得ることができると断固主張し、断固実行すればできたんです。

 

 

 

集団的自衛権と個別的自衛権……ある国が攻撃を受けた場合、他国と協力して武力攻撃を排除する権利を集団的自衛権といい、自衛のために一国が行動をする権利を個別的自衛権という。いずれも国連憲章で認められている権利。だが、憲法9条は国際紛争を解決する手段としての武力の行使を放棄するとしており、合憲か違憲かの判断が分かれる。政府はこれまで、憲法9条を踏まえ、集団的自衛権の行使はできないとしてきたが、近年、自衛隊による米軍支援への要請が強まるとともに、憲法を改正しなくとも解釈の仕方で集団的自衛権が行使できると主張する向きが強まっている。

 

 

 

人権の保障~現憲法の基礎生かせ

 

 

 

――奥野代議士は県から選出され、13回連続で当選しています。

 

 

 

一般論として、やはり一つには強力にバックアップする人たちがいるんでしょう。奥野さんが国会議員であることに経済的、社会的、あるいは心情的に密接に結びついている人がたくさんいる。心情的といったけど、例えば鈴木宗男氏が支援を受けたのは、「中央のことじゃなく地方のことも考えろ」という共感があったからだともいえるだろうから。政界に何十年もいればなおさらで、奥野さんも利害関係をたくさん持っていると思う。

 

 

 

政治の世界で2世や3世が増えているでしょう。あの秘密はそこにあるんだなあと思う。くっついている人がたくさんいて、その人にとってはやはり、親が死んだら息子さんが一番ということになる。小泉首相だってそうだし、田中真紀子氏なんてもっとでしょうね。

 

 

 

にじむ理念

 

 

 

――奥野代議士の改憲論とは別に、環境権などの「新しい人権」を憲法に加えるべきだとする意見も出ています。

 

 

 

憲法は改正したらいい方向にいくというものじゃないんです。新しい人権を規定したら、何の動きもないのに人権が保障されるというわけではない。例えば京都議定書を批准するかしないかということは、憲法で環境権を保障したら批准し、保障しなかったら批准しないという問題では全くない。環境権を保障することの憲法的意味はほとんどありません。プライバシー権などをあれもこれも規定しなくても、これがあればにじみ出るというものが憲法にはある。

 

 

 

――最近は国の力が強化されてきているように思えてなりません。

 

 

 

美しい美しくないという感覚も含めて、国会が無秩序になっている。児童買春・ポルノ禁止法ができたとき、これはいかんと思った。マスメディアも含めてほとんど無批判だったと思う。援助交際にどこまで国家の取り締まりがいるのだろうかという議論がなく、取り締まるのが当たり前だというわけですよ。児童ポルノをなぜ取り締まり、どう取り締まったらいいのかというのはすごく難しい問題ですよ。わいせつなものは美しくないから切り捨ててしまうのか。わいせつだというものを、別の人が見たらおもしろいと思うかもしれない。国家がそれを取り締まるというのはどうか。

 

 

 

本当なら地域や家庭、父母がなすべきことに国家が出てくるべきじゃない。僕の理解では、95年以降そういう精神的なレベルにまで国家の力が展開してきている。自衛隊が国家主義的なものとして主導権を取り始め、国家がその点を強調していくことと似て、どちらも追い風になっている。

 

 

 

僕らが裸に

 

 

 

――表現の自由に国が介入し、報道もそ上に乗っています。

 

 

 

あれよあれよという間に、国家がかすめとってしまっている。個人情報保護法案は典型的です。不思議なことに、日本は遅れに遅れて今ごろプライバシー保護をしようというわけでしょう。一番ターゲットになるべきなのは国家が保有している情報です。国家が情報を収集して、適当に間違ったことを入力したり外に漏らしたり、加工してとんでもないものを作ったりするのを防ぎ、国家を規制するための法律であるべきはずなのです。国家の持つ情報で、僕らが裸にされてしまうのではいけないじゃないか。

 

 

 

アメリカでは情報公開法は政府を監視し、政府の持っている情報をどうコントロールするかというのが基礎にある。いきなり「個人情報保護」というのは、社会の中の個人を国家がどう保護してあげますかという話を前面に押し出している。

 

 

 

緊急性ない

 

 

 

――日本国憲法をどう評価しますか。

 

 

 

僕は日本は純粋な共和国であるべきで、天皇制はなくすべきだと思う。でもいまこの時期に改正を要求するかというと、そんなに緊急な害悪はないし、憲法改正というムードに勢いをつけるだけになってしまう。21世紀のいろいろな状況の中で、憲法はまあまあいける、いや相当程度いいものなんじゃないかと思う。

 

 

 

人権の保障はもう憲法で基礎ができている。それを具体的にどう実行していくかということが国会に任される。裁判所がしっかりするべきであって、制度を変えたり新しい権利を保障したりすればいいという問題じゃないんです。五十何年かで憲法には一定の基盤ができ、その基盤たるや予想外にうまくできている。問題があるとすれば僕らが生かしていないだけであって、憲法が悪いわけじゃないんです。

 

 

 

[#地から1字上げ](聞き手 鈴木暁子)

 

 

 

環境権……「知る権利」や「プライバシー権」などと共に、時代に即して憲法に盛り込むべき「新しい人権」として衆参両院の憲法調査会などで議論されている。憲法25条(生存権)に基づいて、何人も良い環境を享受し、環境を汚すものを排除できる基本的な権利があるとする主張や、憲法13条(幸福追求権)を基に、国が環境の保全に努めることを明文化すべきだとする主張などがある。一方、新しい人権を規定するねらいは、憲法改正の機運を高め、最終的に9条を改悪するためだなどとする批判意見もある。

 

 

 

 

 

いやん、ばかん、うふん。そこは愛子天皇なの!(地獄の一季節・MAUVAIS SANG)

いやん、ばかん、うふん。そこは愛子天皇なの!(地獄の一季節・MAUVAIS SANG)

 

 

 

前文

 

かつて、もし私がよく覚えているなら、私の人生は一つの饗宴であり、そこではすべての心が開かれ、すべての葡萄酒が流れていた。

 

ある晩、私は美を私の膝の上に座らせた。――そして私はそれを苦いものと見出した。――そして私はそれを侮辱した。

 

私は正義に対して武装した。

 

私は逃げ去った。おお、魔女たちよ、おお、惨めさよ、おお、憎しみよ、私の宝はあなたたちに託されたのだ!

 

私は私の精神の中にあるすべての人間的希望を消え去らせることに成功した。あらゆる喜びの上に、それを絞め殺すために、私は猛獣の鈍い跳躍を行った。

 

私は処刑人たちを呼び、滅びながら、彼らの銃床を噛むために。私は災厄を呼び、砂と血で私を窒息させるために。不幸は私の神であった。私は泥の中に身を横たえた。私は犯罪の空気で乾いた。そして私は狂気に良い悪戯をした。

 

そして春は私に、白痴の恐ろしい笑いをもたらした。

 

さて、つい最近、私は最後の「クワック!」をやろうとする寸前にあって、私は古い饗宴の鍵を探し求めることを思いついた、そこでは私はおそらく食欲を取り戻すだろう。

 

慈愛こそがその鍵である。――この霊感は、私が夢見たことを証明する!

 

「お前はハイエナのままでいる、等々…」と、私にかくも愛らしい芥子を冠した悪魔が叫ぶ。「死を勝ち取れ、お前のすべての欲望と、お前の利己心と、すべての大罪とともに。」

 

ああ!私はあまりに多くを取ってしまった。――しかし、親愛なるサタンよ、私はあなたに懇願する、少しばかり刺激の少ない眼差しを!そして、いくつかの小さな遅れた臆病さを待ちながら、あなたは、作家の中に記述的または教示的能力の欠如を愛するあなたは、私はあなたに、私の呪われた者の手帳からこれらいくつかの醜悪な紙片を切り離して差し上げる。

 

(地獄の一季節)

 

 

「笑点」卒業から2年半…林家木久扇「88歳」現在の姿にビックリ「久しぶりに見た」意外な近況明かす

 

日本テレビ系「笑点」卒業から2年半…落語家・林家木久扇(88)の近影にネットが沸いた。

 

木久扇は9日放送のフジテレビ系「ノンストップ!」にVTR出演。2024年3月に歴代最長の55年間レギュラーを務めた日本テレビ系「笑点」を卒業してから2年半がたち、独占インタビューに応じた。

 

現在の仕事について語り、「僕たちの仕事は土・日が多いんですよね。人様のお休みの時に呼ばれるんですよ」と説明。「だから随分仕事の量をセーブされていたんです番組で。それがなくなったんで。今、木久扇さん呼べるんだって言うんで、逆に笑点を降りてから、卒業してから忙しくなりました」と意外な近況を明かした。

 

インタビューの最後には視聴者にメッセージ。「生まれたこと自体が素晴らしいこと。生き抜いてこういう境地を味わうと素晴らしいということなんですよね。割合、みんな自分の人生を粗末に生きてるんですね。もっと大事に毎日を過ごして、いろんなことがあるでしょうけども、ああよかったなということを知ってほしい」と思いを語った。

 

88歳と思えぬしっかりとした口調で、柄シャツ姿も若々しい。ネット上には「木久扇さん久しぶりに見て、懐かしくなった。お元気そうで何よりです」「みんな自分の人生を粗末に生きすぎてる。もっと大事にしないと』林家木久扇さんが、インタビューで答えられていたこの言葉に、ちょっとハッとしました」と感想が寄せられた。

 

(報知新聞社)

 

 

MAUVAIS SANG

 

私は、私のガリア人の祖先たちから、青・白の眼、狭い脳みそ、そして闘いにおける不器用さを持っている。私は自分の服装を彼らのそれと同じく野蛮だと見なす。しかし私は自分の髪をバターで塗らない。

 

ガリア人たちは、当時の、獣の皮剥ぎ、草を焼く者たちのうちで最も無能な者たちであった。

 

彼らから、私は持っている:偶像崇拝と冒涜への愛――ああ!あらゆる悪徳、怒り、色欲――壮麗だ、色欲は――とりわけ嘘と怠惰。

 

私はあらゆる職業に嫌悪を抱く。主人も労働者も、すべて農民、卑しむべき者たち。羽根ペンを持つ手は、鋤を持つ手と同じ価値だ――なんという「手」の世紀!――私は決して自分の手を持つことはないだろう。その後、家僕の身分でさえあまりに遠い。乞食の正直さは私を苦しめる。犯罪者たちは去勢された者のように私をむかつかせる:私は無傷であり、それがどうでもいい。

 

だが!誰が私の言語をこれほどまでに裏切り深いものにしたのか、私の怠惰をここまで導き、守ってきたほどに?自分の身体を使って生きることさえせず、そしてヒキガエルよりも怠け者でありながら、私はどこでも生きてきた。ヨーロッパのどの家族も、私が知らないものはない――私は私のような家族を言っている、人権宣言からすべてを得ている家族たち――私はあらゆる「息子の坊ちゃん」を知ってきた!

 

もし私が、フランス史のどこかの一点に、何らかの前歴を持っていたなら!

 

 

私はガリア人の祖先から、青白い目と狭い頭、そして戦いの不器用さを受け継いでいる。自分の服装も彼らと同じように野蛮だと思う。だが私は髪にバターは塗らない。

 

ガリア人は、当時の獣の皮を剥ぐ者や草を焼く者の中でも、最も不器用な連中だった。

 

彼らから私は、偶像崇拝と冒涜への愛――ああ、あらゆる悪徳、怒り、色欲――色欲は実に壮麗だ――とりわけ嘘と怠惰を受け継いでいる。

 

私はどんな職業も嫌いだ。主人も労働者も、みな農民で、卑しい。羽根ペンを持つ手は、鋤を持つ手と同じだ――なんという「手」の時代だ!――私は自分の「手」を持つことなど決してないだろう。そのうえ、召使いの身分でさえ遠すぎる。乞食の正直さには胸が痛む。犯罪者は去勢された者のように気持ち悪い。私は無傷のままで、それがどうでもいい。

 

だが、誰が私の言葉をこれほどまでに裏切り深いものにし、怠惰をここまで守り導いてきたのか?身体を使って生きることもせず、ヒキガエルより怠け者なのに、私はどこでも生きてきた。ヨーロッパの家族で、私の知らない家族はない――私と同じように、人権宣言からすべてを得ている家族たちだ――私はあらゆる「坊ちゃん息子」を知ってきた!

 

もし私に、フランス史のどこか一点に、何か前歴があったなら!

 

**

 

だがいや、何もない。

 

私にはよく分かっている、私はいつでも劣った種族であったことが。私は反抗を理解できない。私の種族は、略奪するため以外には決して蜂起しなかった:殺してもいない獣に群がる狼たちのように。

 

私は、フランス――教会の長女――の歴史を思い出す。私は、農奴として、聖地への旅をしただろう;私は頭の中に、シュヴァーベンの平原の道々、ビザンツの眺め、ソリム(エルサレム)の城壁を持っている;マリアへの崇敬、磔にされた者への感傷が、千の俗なる妖精譚のあいだに私の中で目覚める――私は、太陽に蝕まれた壁の麓で、壊れた壺とイラクサの上に、癩病者として座っている――のちには、傭兵として、ドイツの夜の下で野営しただろう。

 

ああ!さらに:私は赤い空き地で、老婆たちや子供たちとともに、サバトを踊る。

 

私は、この土地とキリスト教より先のことは思い出せない。私はこの過去の中で自分を見返すことを終えることができないだろう。しかし常に一人;家族なし;そもそも、私はどんな言語を話していたのか?私は決して自分をキリストの評議会の中に見ない;領主たち――キリストの代理者たち――の評議会の中にも。

 

前世紀に私は何であったのか:私は今日になってようやく自分を見いだす。放浪者もなく、曖昧な戦争もなく。劣った種族がすべてを覆った――いわゆる民衆、理性;国家と科学。

 

ああ!科学!すべてが取り戻された。身体と魂のために――旅の糧として――医学と哲学がある――老婆の薬と編まれた民謡。さらに、王侯たちの慰みと、彼らが禁じていた遊戯!地理学、宇宙誌、機械学、化学!…

 

 

いや、何もない。

 

私はずっと劣った種族だったことをよく分かっている。反抗というものが理解できない。私の種族は、略奪するとき以外には決して蜂起しなかった――まるで、自分たちが殺してもいない獲物に群がる狼のように。

 

私は、教会の長女と呼ばれたフランスの歴史を思い出す。私は農奴として聖地巡礼をしただろうし、頭の中にはシュヴァーベンの平原の道、ビザンツの光景、エルサレムの城壁がある。マリアへの崇敬や、磔刑の人への哀しみが、俗なる幻想の数々の中で私の中に目覚める。――私は、太陽に蝕まれた壁の下で、壊れた壺とイラクサの上に、癩病者のように座っている。――その後、傭兵としてドイツの夜に野営しただろう。

 

ああ、さらに――私は赤い林間の空き地で、老婆や子供たちとサバトを踊る。

 

私はこの土地とキリスト教より前のことは思い出せない。過去の中で自分を見返し続けても終わらないだろう。しかしいつも一人だ。家族もない。そもそも私はどんな言語を話していたのか?私は自分をキリストの会議の中にも、領主たち――キリストの代理者――の会議の中にも見たことがない。

 

前の世紀に私は何者だったのか――私は今日になってようやく自分を見いだす。もう放浪者もいない、曖昧な戦争もない。劣った種族がすべてを覆った――いわゆる民衆、理性、国家、そして科学。

 

ああ、科学!すべてが取り戻された。身体と魂のための糧として、医学と哲学がある――老婆の薬と、手を加えられた民謡。そして王侯の娯楽や、彼らが禁じていた遊戯までも!地理学、宇宙誌、機械学、化学!…

 

***

 

科学、新しい貴族!進歩。世界は歩く!なぜ回らないであろうか?

 

それは数のヴィジョンである。私たちは霊へ向かう。非常に確かだ、神託だ、私が言うことは。私は理解する、そして異教の言葉なしには自分を説明することができず、私は黙りたいと思う。

 

異教の血が戻ってくる!霊は近い、なぜキリストは私を助けてくれないのか、私の魂に高貴さと自由を与えることで。ああ!福音は過ぎ去った!福音!福音。

 

私は神をむさぼるように待つ。私は永遠のすべてにおいて劣った種族である。

 

ここに私はアルモリカの浜辺にいる。都市が夕方に灯るように。私の一日は終わった;私はヨーロッパを去る。海の空気は私の肺を焼くだろう;失われた気候は私をなめし革のようにするだろう。泳ぎ、草を砕き、狩り、特に煙草を吸い;沸騰する金属のように強い酒を飲む――あの愛すべき祖先たちが火のまわりでしていたように。

 

私は戻ってくるだろう、鉄の四肢、黒い皮膚、怒りの眼を持って:私の仮面の上で、人は私を強い種族と判断するだろう。私は金を持つだろう:私は怠惰で残忍になるだろう。女たちは、熱い国々から戻ったこの凶暴な病者たちを世話する。私は政治の事柄に関わるだろう。救われる。

 

今、私は呪われており、祖国に嫌悪を抱く。最良なのは、浜辺でのよく酔った眠りだ。

 

人は出発しない――ここからの道を再び取ろう、私の悪徳を背負って、その悪徳は、理性の年齢以来、私の脇に苦しみの根を伸ばし――天へと昇り、私を打ち、私を倒し、私を引きずる。

 

 

科学――それが新しい貴族だ!進歩だ。世界は前へ進む!なぜ回り続けないはずがあるだろう。

 

それは「数」の幻視だ。私たちは霊へ向かっている。私の言うことは確かで、まるで神託のようだ。私は理解しているが、異教的な言葉なしには説明できず、むしろ黙っていたいほどだ。

 

異教の血が戻ってくる!霊は近い。なぜキリストは私を助けてくれないのか――私の魂に高貴さと自由を与えてくれることで。ああ、福音は過ぎ去ってしまった!福音よ!福音よ。

 

私は神をむさぼるように待ち望んでいる。私は永遠に劣った種族なのだ。

 

今、私はアルモリカの海岸にいる。都市が夕暮れに灯り始める。私の一日は終わった。私はヨーロッパを去る。海の空気は私の肺を焼き、失われた気候は私の皮膚をなめし革のようにするだろう。泳ぎ、草を噛み砕き、狩り、煙草を吸い、そして何より――沸騰する金属のように強い酒を飲む。あの愛すべき祖先たちが焚き火のまわりでしていたように。

 

私は戻ってくるだろう。鉄のような四肢、黒い皮膚、怒りに燃える眼を持って。顔つきだけで、人は私を「強い種族」だと判断するだろう。私は金を持ち、怠惰で残忍になるだろう。女たちは、熱帯の国々から帰ってきたこの凶暴な病者たちを世話するものだ。私は政治の世界に関わるだろう。救われるのだ。

 

今の私は呪われていて、祖国が嫌でたまらない。最良なのは、浜辺で酔いつぶれて眠ることだ。

 

人は出発などしない――ここからの道を再び歩こう。私の悪徳を背負って。その悪徳は、理性を持った年頃から私の脇に苦しみの根を張り、天へと伸び、私を打ち、倒し、引きずり回す。

 

****

 

最後の無垢と最後の臆病。これは言われた。私の嫌悪と裏切りを世界へ持ち出さないこと。

 

行こう!歩み、重荷、砂漠、倦怠と怒り。

 

誰に私を貸し出すのか?どの獣を崇拝すべきか?どの聖なる像が攻撃されるのか?どんな心を私は砕くだろう?どんな嘘を私は保たねばならない?――どんな血の中を歩くのか?

 

むしろ、正義から身を守ること――厳しい生活、単純な愚鈍――干からびた拳で棺の蓋を持ち上げ、座り、窒息する。こうして老いも危険もない:恐怖はフランス的ではない。

 

――ああ!私はあまりにも見捨てられていて、どんな神的な像にも、完全への衝動を差し出すほどだ。

 

おお、私の自己犠牲、おお、私の驚くべき慈愛!この地上で、しかし!

 

De profundis Domine(主よ、深き淵より)、私はなんと愚かなのか!

 

まだ子供のころ、私は、常に監獄が閉じる、手に負えない囚人を賞賛していた;私は彼が滞在によって聖別したであろう宿屋や安宿を訪れた;私は彼の観念で、青い空や田園の花咲く労働を見た;私は都市の中に彼の宿命を嗅ぎ取った。彼は聖者よりも力があり、旅人よりも分別があった――そして彼、彼だけが!彼の栄光と理性の証人であった。

 

 

最後の無垢、最後の臆病さ。それでいい。私の嫌悪や裏切りを世界に持ち出すまい。

 

さあ行こう。歩み、重荷、砂漠、退屈、そして怒り。

 

私は誰に身を委ねるのか?どんな獣を崇めればいい?どんな聖なる像が攻撃されるのか?どんな心を砕くことになる?どんな嘘を抱え続けねばならない?――どんな血の中を歩くのか?

 

むしろ、正義から身を守るべきだ。厳しい生活、単純な愚鈍。干からびた拳で棺の蓋を持ち上げ、座り、窒息する。そうすれば老いも危険もない。恐怖はフランス的ではない。

 

――ああ、私はあまりにも見捨てられていて、どんな神聖な像に対しても、完全への衝動を差し出してしまうほどだ。

 

ああ、私の自己犠牲、ああ、私の驚くべき慈愛!この地上で、なのに!

 

「深き淵より、主よ」――私はなんて愚かなんだ!

 

子供のころ、私は、いつも監獄が閉じる、手に負えない囚人を賞賛していた。彼が滞在によって聖別したであろう宿屋や安宿を訪れた。彼の観念で、青い空や花咲く田園の労働を見た。都市の中に彼の宿命を嗅ぎ取った。彼は聖者よりも強く、旅人よりも分別があった――そして彼、彼だけが!彼自身の栄光と理性の唯一の証人だった。

 

*****

 

道々で、冬の夜に、宿なし、衣服なし、パンなしで、ある声が私の凍った心を締めつけた:「弱さか力か:ここにおまえがいる、これは力だ。おまえはどこへ行くのかも、なぜ行くのかも知らない、どこへでも入れ、すべてに答えよ。おまえは、死体である場合以上には殺されはしない。」朝には、私はあまりに迷った眼差しと、あまりに死んだ様子をしていたので、私が出会った人々は、おそらく私を見なかった。

 

都市では、泥が突然赤と黒に私に現れた、隣室でランプが巡るときの鏡のように、森の中の宝物のように!「幸運だ」と私は叫び、そして私は空に炎と煙の海を見た;そして、左に、右に、あらゆる富が十億の雷のように燃え上がっていた。

 

しかし、放蕩と女たちとの仲間意識は私には禁じられていた。仲間ひとりすらいない。私は、激昂した群衆の前に、処刑隊の前に立っている自分を見た、彼らが理解できなかった不幸を泣きながら、そして赦しながら!――ジャンヌ・ダルクのように!――「司祭たち、教師たち、主人たちよ、あなたたちは私を正義に引き渡すことで誤っている。私はこの民衆のものだったことは一度もない;私は一度もキリスト教徒ではなかった;私は苦難の中で歌った種族の者だ;私は法律を理解しない;私は道徳感覚を持たない、私は獣だ:あなたたちは誤っている…」

 

そうだ、私はあなたたちの光に目を閉ざしている。私は獣だ、黒人だ。しかし私は救われうる。あなたたちは偽の黒人だ、あなたたち狂人、凶暴、貪欲。商人よ、おまえは黒人だ;裁判官よ、おまえは黒人だ;将軍よ、おまえは黒人だ;皇帝よ、古いかゆみよ、おまえは黒人だ:おまえは課税されぬ酒を飲んだ、サタンの工場のものを。――この民衆は熱病と癌に霊感されている。病者と老人はあまりに尊敬すべきで、煮られることを求めるほどだ。最も賢いのは、この大陸を去ることだ、狂気がうろつき、これらの惨めな者たちに人質を供給するために。私はハムの子らの真の王国に入る。

 

私はまだ自然を知っているのか?私は自分を知っているのか?――もう言葉はない。私は死者たちを私の腹の中に葬る。叫び、太鼓、踊れ、踊れ、踊れ、踊れ!私は、白人たちが上陸し、私が虚無へ落ちる時刻すら見えない。

 

 

冬の夜、宿もなく、服もなく、パンもなく道を歩いていると、ある声が凍えた私の心を締めつけた。「弱さか力か――ここにいるおまえこそ力だ。どこへ行くのかも、なぜ行くのかも分からないまま、どこへでも入れ、すべてに答えろ。おまえは死体以上には殺されない。」朝になると、私はあまりに迷った目つきで、あまりに死んだような様子だったので、出会った人々は私を見もしなかったかもしれない。

 

都市では、泥が突然赤と黒に見えた。隣の部屋でランプが動くときの鏡のように、森の宝物のように。「幸運だ!」と私は叫び、空には炎と煙の海が見えた。左右には、あらゆる富が十億の雷のように燃え上がっていた。

 

だが、放蕩や女たちとの仲間意識は私には禁じられていた。仲間すらいない。私は、激昂した群衆の前、処刑隊の前に立つ自分を見た。彼らが理解できなかった不幸を泣きながら、そして赦しながら――まるでジャンヌ・ダルクのように。「司祭、教師、主人たちよ、あなたたちは私を正義に渡すことで誤っている。私はこの民衆の者ではなかった。私はキリスト教徒だったことがない。私は苦難の中で歌った種族の者だ。私は法律を理解しない。道徳感覚もない。私は獣だ。あなたたちは誤っている…」

 

そうだ、私はあなたたちの光に目を閉ざしている。私は獣で、黒人だ。しかし私は救われうる。あなたたちは偽の黒人だ――狂っていて、凶暴で、貪欲だ。商人よ、おまえは黒人だ。裁判官よ、おまえは黒人だ。将軍よ、おまえは黒人だ。皇帝よ、古いかゆみのような存在よ、おまえは黒人だ。おまえはサタンの工場で作られた、課税されない酒を飲んだのだ。この民衆は熱病と癌に取り憑かれている。病人や老人はあまりに尊敬すべきで、煮られることを求めるほどだ。最も賢いのは、この大陸を去ることだ。狂気がうろつき、惨めな者たちに人質を供給するために。私はハムの子らの真の王国へ入る。

 

私はまだ自然を知っているのか?自分を知っているのか?――もう言葉はない。私は死者たちを腹の中に葬る。叫び、太鼓、踊れ、踊れ、踊れ、踊れ!白人たちが上陸し、私が虚無へ落ちる時刻すら、私は見えない。

 

******

 

飢え、渇き、叫び、踊れ、踊れ、踊れ、踊れ!

 

白人たちが上陸する。大砲!洗礼に服し、服を着て、働かねばならない。

 

私は心に恩寵の一撃を受けた。ああ!私はそれを予期していなかった!

 

私は悪を行っていない。日々は私に軽くなるだろう、悔悛は私に免じられるだろう。私は、ほとんど善に死んだ魂の苦悩を持たなかっただろう、そこへ厳しい光が、葬儀の蝋燭のように、昇ってくる。家族の息子の運命、澄んだ涙に覆われた早すぎる棺。確かに、放蕩は愚かだ、悪徳は愚かだ;腐敗を脇へ投げ捨てねばならない。しかし、時計が、純粋な苦痛の時刻だけを鳴らすところまで来てしまうことはないだろう!私は子供のようにさらわれて、天国で、すべての不幸を忘れて遊ぶことになるのだろうか!

 

急げ!他の生があるのか?――富の中での眠りは不可能だ。富は常に公共の財であった。神の愛だけが科学の鍵を授ける。私は見る、自然はただ善意の光景にすぎない。さらば、空想、理想、誤り。

 

天使たちの理性的な歌が、救いの船から立ち上る:それは神の愛だ。――二つの愛!私は地上の愛で死ぬことができる、献身で死ぬことができる。私は、私の出発によって苦しみが増す魂たちを残してきた!あなたたちは私を難破者の中から選ぶ;残る者たちは、私の友ではないのか?

 

 

飢え、渇き、叫び、踊れ、踊れ、踊れ、踊れ!

 

白人たちが上陸する。大砲が鳴る!洗礼を受け、服を着て、働かねばならない。

 

私は心に「恩寵の一撃」を受けた。ああ、そんなことは予期していなかった!

 

私は悪を行っていない。これからの日々は軽くなるだろうし、悔い改めも免除されるだろう。ほとんど善に死んだ魂が味わうような苦悩――葬儀の蝋燭のように厳しい光が差し戻る――そんなものを私は経験しなかった。家族の息子の運命、澄んだ涙に覆われた早すぎる棺。確かに、放蕩は愚かだし、悪徳も愚かだ。腐敗は脇へ捨てねばならない。しかし、時計が「純粋な苦痛の時刻」だけを鳴らすようになることはないだろう!私は子供のようにさらわれて、天国で、すべての不幸を忘れて遊ぶことになるのだろうか!

 

急げ!ほかの人生はあるのか?――富の中で眠ることは不可能だ。富は常に公共の財だった。神の愛だけが科学の鍵を与える。自然はただ善意の光景にすぎないのだと私は見る。さらば、空想、理想、誤り。

 

天使たちの理性的な歌が、救いの船から立ち上る。それは神の愛だ。――二つの愛!私は地上の愛で死ぬことができるし、献身で死ぬこともできる。私は、私の出発によって苦しみが増す魂たちを残してきた!あなたたちは私を難破者の中から選ぶ。残る者たちは、私の友ではないのか?

 

*******

 

彼らを救え!

 

理性が私に生まれた。世界は良い。私は生を祝福するだろう。私は兄弟たちを愛するだろう。これはもう子供時代の約束ではない。老いと死を逃れる希望でもない。神が私の力を作り、私は神を讃える。

 

倦怠はもはや私の愛ではない。怒り、放蕩、狂気――そのすべての衝動と破滅を私は知っている――私のすべての重荷は降ろされた。私の無垢の広がりを、目まいなく評価しよう。

 

私はもう、棒打ちの慰めを求めることはできないだろう。私は、自分がイエス・キリストを義父として結婚式に乗り込んだとは思わない。

 

私は自分の理性の囚人ではない。私は言った:神、と。私は救いの中に自由を望む:どうそれを追求するのか?軽薄な嗜好は私を去った。献身も神の愛も、もう必要ない。私は「感傷的な心の世紀」を惜しまない。誰もが自分の理性、軽蔑と慈愛を持つ:私はこの天使的な常識の梯子の頂点に自分の場所を保つ。

 

確立された幸福について、家庭的であれそうでなかれ…いや、私はできない。私はあまりに散漫で、あまりに弱い。人生は労働によって花開く、古い真理だ:だが私の人生は十分に重くなく、行動――世界のあの愛すべき一点――のはるか上へと飛び去り、漂ってしまう。

 

 

彼らを救ってくれ!

 

私に理性が生まれた。世界は良いものだ。私は人生を祝福し、兄弟たちを愛するだろう。これはもう子供じみた約束ではない。老いと死を逃れようとする希望でもない。神が私に力を与え、私は神を讃える。

 

退屈はもう私の愛ではない。怒り、放蕩、狂気――その衝動も破滅もすべて知っている――その重荷はすべて降ろされた。私の無垢の広がりを、目まいなく見つめよう。

 

私はもう、殴られることで慰めを求めるような人間ではない。イエス・キリストを義父として結婚式に向かうような気分でもない。

 

私は自分の理性の囚人ではない。私は「神」と言った。私は救いの中に自由を望む――どう追い求めればいいのか?軽薄な嗜好は私から去った。献身も神の愛も、もう必要ない。私は「感傷的な心の時代」を惜しまない。誰もが自分の理性、軽蔑と慈愛を持っている。私はこの天使的な常識の梯子の頂点に自分の場所を保つ。

 

確立された幸福――家庭的であれ、そうでなくても――いや、私は無理だ。私はあまりに散漫で、あまりに弱い。人生は労働によって花開く、古い真理だ。しかし私の人生は十分に重くなく、行動という世界の愛すべき一点から、はるか上へ飛び去り、漂ってしまう。

 

********

 

私が老いた娘(=老処女)になってゆく、死を愛する勇気を欠いて!

 

もし神が、天上的な、空気のような静けさ、祈りを――古の聖者たちのように――私に与えてくださるなら。聖者たち! 強い者たち!隠者たち、もはや必要とされないような種類の芸術家たち!

 

絶えざる道化芝居!私の無垢は私を泣かせるだろう。人生は、すべての者によって演じられるべき道化芝居である。

 

もう十分!これが罰だ。――進め!

 

ああ! 肺が燃える、こめかみが轟く!夜が私の目の中で転がる、この太陽によって!心臓が… 四肢が…

 

どこへ行くのか? 戦いへ?私は弱い!他の者たちは前へ進む。道具、武器… 時間!…

 

撃て! 私に撃て!そこだ! さもなくば私は降伏する。――臆病者ども!――私は自分を殺す!私は馬たちの足もとへ身を投げる!

 

ああ!…

 

――私はそれに慣れるだろう。

 

それはフランス的な生、名誉の小径であろう!

 

 

UNE SAISON EN ENFER

ARTUR RIMBAUD

 

 

(Copilot Smart)

 

 

私がゆき遅れの娘(古い娘)になっていくように、死を愛する勇気が足りないのだ!

 

もし神が私に、天上の、空気のような静けさを、祈りを授けてくださるなら、――いにしえの聖人たちのように。――聖人たち!強い者たち!隠修士たち、もはや必要とされないような芸術家たち!

 

絶え間ない茶番劇!私の無垢(潔白)さは私を泣かせるだろう。人生は、誰もが演じなければならない茶番劇だ。

 

もう十分だ!これが罰だ。――前進!

 

ああ!肺が燃える、こめかみが鳴り響く!この太陽のもとで、夜が私の目の中で渦巻く!心臓が…四肢が…

 

どこへ行くのか?戦いへか?私は弱い!他の者たちは進んでいく。道具、武器…時間!…

 

撃て!私を撃て!そこだ!さもなければ私は降伏する。――卑怯者ども!――私は自殺する!私は馬たちの足元に身を投げる!

 

ああ!…

 

――私はそれに慣れるだろう。

 

それこそがフランス的な人生、名誉の小道だろう!

 

 

(Google)

 

 

ご指定いただいた文章は、19世紀フランスの天才詩人アルチュール・ランボーが、1873年に発表した散文詩集『地獄の一季節(Une Saison en Enfer)』のなかの「不可能なこと(L'Impossible)」という章の一節です。

 

この激しい言葉が書かれた背景と、作品が持つ意味(解釈)について解説します。

 

1. この文章が書かれた背景

 

この詩が書かれた当時、ランボーは精神的にも肉体的にも限界を迎えていました。

 

* 愛憎と暴力の結末(ヴェルレーヌとの関係)

 

ランボーは先輩詩人のポール・ヴェルレーヌと恋愛関係にあり、一緒に放浪生活を送っていました。しかし、その関係は泥沼化し、1873年7月にヴェルレーヌがランボーをピストルで撃つという事件が起きます。この事件によって二人の関係は破滅しました。

 

* 実家の納屋での執筆

 

傷ついたランボーは、フランスの田舎(シャルルヴィル近郊のロシュ)にある母親の実家に戻り、納屋にこもってこの『地獄の一季節』を書き上げました。天才ゆえの孤独、社会への絶望、そして自己嫌悪が渦巻く中で生み出された作品です。

 

2. 作品の意味と解釈

 

この「不可能なこと」という章では、「西洋のキリスト教社会(近代文明)」から抜け出そうとしても、どうしても抜け出せない知識人の絶望と苦悩が描かれています。

ディテールごとに詳しく見ていきましょう。

 

① 過去への憧れと挫折(前半部分)

 

「私がゆき遅れの娘になっていくように、死を愛する勇気が足りないのだ!」

「もし神が私に、天上の、空気のような静けさを、祈りを授けてくださるなら……」

 

ランボーは、自分が古い価値観に縛られ、現実を変える勇気のない「古い娘(古い人間)」のようだと自嘲しています。

 

かつての聖人や隠修士(キリスト教の厳しい修行者)のように、純粋な祈りと静けさの中で生きたいと一瞬願いますが、彼らを「もはや必要とされない芸術家」と呼び、近代社会ではそんな純粋な生き方はもう不可能だとすぐに諦めてしまいます。

 

② 人生は茶番劇である(中盤部分)

 

「絶え間ない茶番劇!私の無垢さは私を泣かせるだろう。人生は、誰もが演じなければならない茶番劇だ。」

 

純粋(無垢)でありたかった自分に対して、世の中は嘘と偽りに満ちた「茶番劇(ファルス)」でしかありません。社会に適合して生きることは、愚かな劇を演じ続けることだと絶望しています。

 

③ 罰としての「近代の歩み」(後半部分)

 

「もう十分だ!これが罰だ。――前進!」

「どこへ行くのか?戦いへか?私は弱い!他の者たちは進んでいく。」

 

「前進!」という命令は、ランボーが最も嫌った「近代の進歩」や「労働の強制」を意味します。

 

周囲の人間(他の者たち)は、資本主義や近代化という「戦い」に向かって、武器や道具を持ってどんどん進んでいきます。しかし、精神的な平穏を求めるランボーは、その物質的な進歩についていけず、息をきらし(肺が燃える)、苦しんでいます。

 

④ 降伏と諦め(結び部分)

 

「撃て!私を撃て!……私は自殺する!」

「――私はそれに慣れるだろう。それこそがフランス的な人生、名誉の小道だろう!」

 

あまりの苦しさに「いっそ殺してくれ」「馬の足元に身を投げる」と叫びますが、最後にはガクッと力が抜けたように、冷めた現実に戻ります。

 

「――私はそれに慣れるだろう。」という言葉は、非常に重い諦めです。自分が大嫌いな、嘘に満ちた「フランス的な人生(近代的な市民社会での退屈で体裁ばかりの生き方)」に、自分もいつか慣れて染まっていくのだろう、という最大の皮肉と絶望でこの場面は締めくくられています。

 

まとめ

 

この文章は、「汚れた近代社会には染まりたくない、純粋でありたい」と願いながらも、「そこから逃げ出すことはできず、結局は社会の歯車として生きることに慣れていくしかない」という、若き天才ランボーの引き裂かれるような魂の叫びを描いたものです。

 

ランボーの思想やこの作品について、さらに掘り下げたい部分はありますか?

 

* この章のあとに続く「物語の結末(ランボーは地獄から抜け出せたのか)」を知りたい

* ランボーが嫌った「フランス的な人生」や「近代」についてもっと詳しく知りたい

* 同時期に起きたヴェルレーヌとの事件の詳細について知りたい

 

気になることがあれば、何でも教えてくださいね。

 

(Google)

 

 

日本語を学ぶラオスの子どもらの明るき声は教室に満つ 愛子さま

 

 

 

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小説「スキャンダル・第三番・第一章」(秋味バージョン)

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第三章、第九章に続く、これは第三作目の第一章である。(作者)

 

 

 

I・九頁

 

 

 

GOTが四三、GPTが五八

今回は標準数値を多少上まわる程度ですが

いつかの仕事では四○○を越していました

肝硬変になれば癌に移行する危険があります

くれぐれも、無茶をしないで

先生、おめでとうございます

何、君のおかげですよ

そんな、とんでもない

でも、本当によかったのかな

先生のお仕事の円環を完結した作品ではありませんか

ま、今夜はお屠蘇気分で承って置くよ。控室に行こう

そうですね。選考委員の先生も来ておられるでしょう

 

 

 

I・一○頁・Kのスピーチ

 

 

 

主人公で作家のSは日本でクリスチャンとして育った。そして、これは不幸でもあり幸福でもあった。不幸というのは、もちろん、日本の風土における神の不在のことである。彼はつかみどころのないものをつかみどころのあるものの如く考えなければならなかった。最初、彼の吹く笛に人々は踊らなかった。彼の苦しみは、その聞く耳を持たない日本人に、いかにすれば神の物語が伝わるか、その一点にあったと言えるだろう。その時、彼はいつも憂鬱そうであった。三十年以上も前のことである。戦争が終わって間もない頃である。Sと私、そして何人かの仲間は、集まると飲んでは大いに文学について議論を交わしたものである。時代もわれわれも若かった。――さて、当時の録音テープが残っています。ちょっと聴いてみましょうか。

 

「どこか信用できないんだよなあ、Sの書くもの」

「Sは本当の自分をまだよく掴んでいないね」

「頭だけの考えで。そう、本ものではないという感じだ」

「Sの小説のある部分は自分の歯で噛みくだいてないところが多い」

「神について語るのはそれで結構だがね」

「どこか、西洋人の思想の借りものだから」

「胡散臭いよなあ」

「そうそう!」(ビールで乾杯)

「小説というのはエッセイと違うのだぜ」

「そうそう!」(ビールで乾杯)

「自分のテーマを、どこまでイメージで出せるのか、考えたことがあるのか」

「そうそう!」(ビールで乾杯)

「本当にうそ臭い。みんな、そういう顔するだろう」

「そうそう!」(ビールで乾杯)

 

(Sのすすり泣く声)

 

「いいよ。諸君らには日本でクリスチャンの男が小説を書く困難などわからないだろう」

 

まあ、ざっとこんな調子です。(会場から爆笑)。つくづく、当時はお互い若かったと思う。ハッハッハッ。中でも、彼はいつでも苛めの好対象だった。われわれは、彼にクリスチャンを辞めろと強要したこともありました。随分、昔のことです。戦後の新しい世代には、いきなりフロイトだのマルクスだのが解放された時期であり、宗教なんてエディプスコンプレックスから生まれた父性像の拡大に過ぎないだとか、宗教はアヘンだとか、中にはクリスチャンは偽善者だとさえ言う者まであって――諸君、そう言ったのは私じゃないよ。フフフフ。とに角、敗戦直後の社会は自由だ、民主主義だと忙しく、宗教などというものは戦前の神道の嫌な記憶も重なって一種の厄介者扱いだったのです。だから、余計に、なぜ、彼があちらの神さまを棄てないか、われわれにはどうしても理解できなかった。しかも、彼は自分の意志で洗礼を受けたわけでもない。幼年時代、今は亡き母堂の教えに従って受洗した、所謂ボーン・クリスチャンだとも聞いていたので、それならばなおのこと、彼の信仰などは単なる習慣か惰性に拠るものだろうと思っていたわけです。御存知のように彼は後に切支丹時代に材をとった作品を幾つか発表し、多くの読者を得ています。そこでは、非道な役人たちに棄教を迫られる信徒の話が語られていますが、あれはおそらく、昔のわれわれの鬼のような姿が念頭にあったのではなかったか。いや、これはあくまで忖度ですが。ハハハハ。(会場から爆笑)。しかし、そんな時、彼はいつでもわれわれに向かって次のような言葉で弁解するのでした。一度、神につかまった者はそこから逃げることはできない――。そして、このSは、その言葉を三十年以上にもわたる作家生活の中で頑固に証明してみせたのであります。彼は文学の課題として、日本の風土とキリスト教との調和を自分に課したのです。その悪戦苦闘が彼の作品です。そして、その格闘の成果こそが今度の受賞作品に他なりません。

 

 

 

I・一二頁・老神父

 

 

 

「チョット、イイデスカ?」

 

「ドウシテ、モット、美シイ、キレイ話、書カナイデスカ?」

 

「アナタノ小説、コノオ正月ニ読ミマシタ。ムツカシイ漢字ハタクサンアリマシタガ読ミマシタ。デモ、訊ネテイイデスカ?」

 

「ドウシテ、モット、美シイ、キレイ話、書カナイデスカ?」

 

 

 

I・一二頁・Kのスピーチの続き

 

 

 

しかし、Sのよいところは自分の宗教のために文学を犠牲にしなかったことです。文学を宗教の召使にはしなかった。Sの文学は彼の信仰から見れば嫌悪を感じたであろう人間の醜さやいやらしさ、そして穢れた部分にも触れることを恐れなかったということです。彼は小説家としてそれら負の部分にも手を突っ込んだということです。だから、彼の小説は主人持ちの文学になることからは免れているのです。さらに、彼の文学の特徴を上げるとすれば、彼の信じる宗教が「罪」と呼ぶものに、新しい意味と価値を見つけ出した点にあるでしょう。人間の罪というものを好んで描いてきた彼の作品は、近ごろでは、罪の中には再生の欲求が隠れているという、そのことに言及を始めています。人間によって犯されるだろうどんな罪にも、現在の窒息的な生活や自身の人生から何かしらでも活路を見つけようとする、そんな肯定されるべき願いが潜んでいる――。それは、おそらく、私にはわからない宗教的な何かなのでしょう。私にはそれがES文学の独自性になっていると今日では想像されるのです。さて、行く人もなし秋の暮れじゃないが、われわれのような小説家は齢五十も過ぎれば昔の友人たちの文学に対して脱帽はしても、それから特別な影響を受けるということはないものです。そのかわり、それまでの自分の文学を、ただ一鍬一鍬、掘り下げていくという仕事が残されている。たぶん、彼の心境も今の私と同様であると思います。

 

 

 

I・一四頁・パーティ

 

 

 

「いい話を有難う」

「あんなことで良かったかね」

「お前、痩せたようだが大丈夫か」

「大丈夫だ。しかし、この年になれば体のどこかが痛んでもふしぎはない」

「その話をしていたんだ。この頃、めっきり暗記力が悪くなった。読んだ本など片っ端から忘れる。こんなパーティでも話しかけてくれる人の名前がどうしても思いだせない時がある」

「それは同じだ」

「眼、歯、何とか、と言うがね。俺の場合は眼、記憶力、歯だな。前から悪い心臓は別だが」

「あのほうはどうですか」

「あのほうって――ああ、衰えてきたさ。Sはどうだ」

「もっともお前はクリスチャンだし、その上、お前の奥さんは実に貞女だからな。しかしSはその年齢になるまで遊びらしい遊びをしたことがないのかねえ。それとも、俺たちにはこっそり何かをやっているんじゃないのか」

「女房にもうちあけたことのない秘密を他人にたやすくしゃべれるもんか」

「S君、今度の小説は君の作品のなかで一番いいね」(愛ちゃんのいいねポーズ)

「なあ、そうだろう」

「まあ、文句はないこともない」

「しかし今日はおめでたい席だから言わないでおきましょう」

「気にするな。彼はいつも厳しいんだ」

「評論家がきびしくなくてどうしますか」

「しかし、批評されたってどうなるもんでもない。俺は今度の作品で自分の人生と文学とに纏まりをつけたんだ。誰が何と言おうとその纏まりを変えることはできない」

「先生」

「忘れたのおおお? 先生、わたし」

「いやだあ」

「新宿で会ったでしょ、わたしたちが似顔を道で描いていた時」

「どこで?」

「サクラ通り。先生も結構、悪いことするんだからなあ」

「人違いでしょう。私じゃありません」

「とぼけてるゥ。わたしたちの展覧会を見てやると言ったでしょ。わたしの友だちに似顔を描かせたじゃない」

「何かの間違いだ。人違いをしているよ」

「そうか、わかった。先生はあんなところで真夜中わたしたちと遊んでいたことを人に知られたくないのね。クリスチャンだから。そうだ、本音とたて前わけなくちゃねえ」

「あらあら、気取っちゃって」

「それ本音? それともたて前? もう、先生ったら」

「すみませんでした。誰が連れてきたんだ。今、エレベーターに押しこんで帰しました」

「弱ったよ。しつこいねえ」

「新宿のサクラ通りとかで、深夜、私と会ったと言っていた」

「わめいてましたね」

「一体、サクラ通りってどこかね」

「ええ、あの、その、歌舞伎町の……」

「覗き部屋やポルノショップの並んだ通りです」

「私がそこで遊んでいたと言うのか。言いがかりだね」

「廊下でもそう言っていました。私は先生と遊んだと」

「それで?」

「で、ぼくもきつく怒ってやりました。先生はそんな場所には絶対にいらっしゃらないって」

 

 

 

I・一六頁・サイン

 

 

 

「さっきは大変でしたね」

「いくら何でもエレベーターに無理矢理押しこむなんてどういう了見だろう」

「君だって客なんだから」

「ごめん、週刊誌のルポ・ライター」

「もっとも、ぼくの関係している雑誌は今日のパーティの主催出版社のものみたいに上品じゃないけどさ」

「それだけに活力がある」

「さっきの話は嘘だろう」

「S先生が新宿のいかがわしい場所で遊んでいたって」

「俺、信じられないよ」

「嘘と思うなら訊かなきゃいいでしょう」

「本当なら話してくれよ。礼はするから」

「記事にするの」

「そうじゃない」

「書くつもりはない」

「ただ個人的に興味がある」

「Sさんが本当にそういう場所に行っていたか」

「わたしがパーティで嘘をつかねばならない理由なんてない」

「第一、パーティに来いと言ったのは、あの先生なんだから」

「彼がパーティに呼んだの」

「念を押すけどたしかにSさんなのか」

「彼と会ったのはサクラ通りのどのあたり」

「甘い蜜という店の前」

「あの人そこから出てきた」

「君は本当に絵かきなのか」

「展覧会なんかやるの?」

「ぼくの関係している雑誌に新人として紹介してもいいからさ」

「原宿の竹下通りの近くでやるわ。二十七日から」

「それなら余計に話を聞かせて欲しい」

「おい、待てよ」

「仕様がねえな」

 

 

 

I・一七頁・ノラ犬

 

 

 

あわてるな。考えろ。考えろ

そうか、やはりそうか

あの顔は、以前から怪しいと思っていたが

新聞や雑誌に載ったSの写真の、第一印象

裏が取れるかもしれない。あわてるな。考えろ

こんな俺にも小説家に憧れた学生時代があった

そんな頃から、Sの宗教臭い作品には違和感があった

どうも俺の肌には合わない。だって日本人じゃないか

恰好のいいことを言いやがって。あわてるな。考えろ

確か唯物論では宗教は阿片と定義されていたはずだ

彼らは宗教という阿片を吸わせて民衆を騙す連中だ

あわてるな。考えろ。

この感情には少年時代の思い出もからんでいる

近所の教会。プロテスタント。胸の薄い伝道婦……

思い起こせばぞっとする。俺はそこで死んでいたか

いるわけがない。生きている。俺を毛嫌いした・女と

以来、Kことこの小針義尾は宗教と聞けば彼女を連想

なんて俺、独り言を言ってるよ。なんて再び、独り言

あわてるな。考えろ。考えろ。考えろ。……

 

 

 

I・一八頁・草の匂い(18R指定)

 

 

 

甘い蜜、甘い蜜

彼女が教えてくれた店の名まえ

あの時のSの当惑した表情は…

女の言葉が嘘ではない明示ではないか

狼狽したSの顔。おのれ、くわせ者め

覗き部屋。裸の女。ペッティング喫茶

ホステスいじり。その手であの文学を書いている?

あの男は、ただ、高尚な言葉を羅列しているだけだ

甘い蜜、甘い蜜

彼女が教えてくれた店の名まえ

あわてるな。考えろ。考えろ。ゲロゲーロ!

 

 

 

I・一九頁・甘い蜜

 

 

 

「この人、よく来る人?」

「客の一人一人なんて憶えていない」

「そんな話、本気で信じているのか」

「どういう意味だ」

「さもしい男になったな」

「そんな根も葉もない醜聞を作ってさ」

「無理だぜ、Sさんのような作家を引きずり降ろすのは」

「もっともそれが1986年のジャーナリズムの流行か」

「当時はそれが当り前だった」

「誰も疑ってなどいなかった」

「あのあとを」

「追尾ですか」

「いや、尾行でいい」

「前の車、ラブ・ホテルの並んでいるあたりに行くようですが」

「かまわん。離れたところで停まってくれ」

「今の日本では路上では待てませんよ」

「その時は引きずるからいい」

 

 

 

I・二○頁・作家の書斎

 

 

 

「ここは母親の胎内を連想させます。きっと、Sさんは子宮回帰の願望が強いのでしょう」

「説明してくれないか」

「子宮回帰とは母の胎内で生命がまだ動きはじめていない状態に、つまり、羊水の中で眠っていた状態に、戻ろうとする願望である。生の欲求というよりは、永遠の眠り、永遠の死の欲望と言い換えができるかもしれない」

「この間、新宿で会ったでしょ。先生も結構わるいことをするのね」

「わかった。真夜中、わたしたちといたことを知られたくないのね」

「老いのせいか、このところ眠りも浅くなった」

「一夜で幾つもの夢をみる」

「その夢のそれぞれは独立している」

「一つの夢が終わると、すぐ眼がさめる」

「眼がさめるとしばらく、闇を見ている」

「やがて来る死のことばかり考えている」

「彼は今年、六十五歳になった」

「Kです。短編の進み具合はいかがですか」

「どうにか、半分ぐらい、出来たところだ」

「題(タイトル)は?」

「彼の老年、にしようかと思う」

「彼の老年? あまりぱっとしませんね」

「この間はすみませんでした。ええ、あの酔っぱらった女のことです」

「受付が混雑していたので、誰が連れてきたのか、まだわからないですが」

「そうだろうな、本当に見憶えのない女だから」

「あの女らしい女性の名で先生宛の葉書が社気付で来ていますが」

「Iという名が書いてあります」

「Iだけではわからんだろう」

「Hでしたね、比奈のヒのH」

「君は、これを普通の第一章と思って読んでもらっては困る」

「すみません」

「読者はすでに第三章、第九章と読み進んでいるからそんな二重の記述は余計なことなのだ」

「すみません」

「石黒比奈のI、糸井素子のI、IとIではダブルからHとM」

「すみません」

「これは君との約束ではなかったか」

「すみません。しかし――」

「しかし、何だね?」

「しかし、まだ誰も先生の第三章と第九章を読んでいないとすればどうでしょうか」

「何だって。そうか、あれはまだ未発表だったか……」(ワードより重ね言葉の表示)

「Hという名が書いてあります。もちろん石黒比奈のことです。彼女、街頭画家だと言ったのは嘘ではないようです。この葉書は展覧会の案内状になっています」

「どうしてそれがパーティの女だとわかる」

「裏に……。いや、止しましょう」

「かまわんさ。読んでくれたまえ」

「嘘つき。先生は嘘をついている、と書いてあります」

「やはり、聞かなかったことにしよう」

「この葉書、どうしますか」

「閉口するね。とりあえず、その葉書は送って下さい」

 

 

 

I・二四頁・代々木(18R指定)

 

 

 

「あ、失礼!」

「怪我はないか。靴を脱いでみたらどうか」

「大丈夫だよ」

「そこのベンチで。指を見てみなさい」

「何でもないよ」

「少し赤くなっている。薬屋へ行こう」

「いらない」

「それではおじさんに何か飲むものでも買わせてくれ」

「何がいい」

「いいってば……」

「手羽? 手羽先か。ここでは無理だな」

「いいってば……」

「遠慮しないでもいいのだよ」

「じゃあ、コーラ飲ませてくれる」

「おじさん、こんなところ面白い」

「若い人は元気がいいからな」

「おじさんみたいな人多いよ。こんな若い子たちに興味をもつ人」

「そうかい。珍しいだけだろう、珍宝館なんて」

「そうじゃない。表参道を歩いていると声をかけてくるもの」

「スカウトか。体育着姿の君を」

「そうじゃない。中年のおじさんみたいな年よりも」

「声をかけて、どうするのだ」

「それで応じる子はいるのか」

「いるよ。でも勘違いしないで。これは1986年の話だから」

「お父さんと呼んでくれていい。オタクと呼ばれるよりはいい」

「でも中学生だとたいていBまでだけど」

「B? まさかホボブラジルの頭文字、いや、あれはHか」

「そうして小遣いをせびるの」

「B?」

「知らないの、ABCって」

「知らないな、Aはキス、Bはペッティング、Cは最終段階、そんなことはね」

「そうなんだ。おじさん、遅れているんだあ」

(投票は過半数を獲得するまで繰り返される)

「E気なもんだな、いまどきのヤングは」

「おじさん、幾つ」

「もう年寄りだ」

「でも、十六歳は若く見えるね」

「本当か。で、君もBまでするのか」

「わたし? そんなことしないよう」

「本当か。本当にBまでしないのか」

「そんなことしないよう」

「本当に、Bまでしないんだな」

「そんなことしないよう」

「よし、本当にしないんだな。さて問題です。お小遣いがほしいかね」

「欲しいよ。うちなんか金持ちじゃないから。お小遣いもらえないし」

「C、C、C。噂のC、C、C」

「お父さん、働いておられるんだろう」

「四年前、宮益坂でオートバイに撥ねられたの」

「宮坂お父さん? あれはラジオの創作ではなかったのか」

「四年前? ウェール、つまり、1981年のことだな」

「だから今はお母さんが保険の外交やって。我儘は言えないよ」

「ちなみに、その外交やっているお母さんは美人? 見せたいものがあるのだが」

「先生、そのエピソードは第三章の読者にしか通じません」

「C、C、C。噂のC、C、C」

「そんなに小遣いがいるのかい」

「これでもお付きあいあるものね。それに弟たちにも、何か買ってやりたいもん」

「高校生か、君」

「中学生」

「ほう!」

「家はどこ」

「どうしてそんなこと訊くの」

「小遣いがほしいなら、アルバイト考えてやろう」

「何のアルバイト」

「イヒヒヒ、うひょひょひょひょ」

「中学生はやったらいけないんだよ。あと、不法滞在の外国人も」

「強制退去? いまどき、中国政府だってそんなことはしないぞ」

「前に友だちとマクドナルドの店に高校生だって嘘をついて働いたけど、すぐに見つかって首になっちゃった」

「いけないねえ、嘘をつくなんて」

「だって、おじさんも嘘つきなんでしょう?」

「どうして、どうして、君が知っているのだ」

「原作を読んだだけです」

「とに角、不良の子のように男の誘いにのることはしない方がいいな」

「先生、キャサリンの場合はどうなりますか」

「諸君、キャサリンの場合は複雑だ。システムが複雑だ」

「もう行こうかなあ、わたし」

「待ちなさい。これを持ちなさい」

「五千円?」

「君が変なことをしないと約束するならこのお金をあげる。運動靴でも買いなさい」

「偽札?」

「君は見た目で人を疑うのか」

「だって、樋口一葉のお札なんて無いもん」

「そうか。当時の五千円札の肖像は、誰だ」

「スイッチ・オン!」

「新渡戸稲造だったかな。まあいい」

「君のアルバイトを考えておくよ。その気ならここに電話しなさい。当時だから振り込め詐欺の心配もない」

「あなた、大変よ。騙された振りをしてお金を振り込めという新手の振り込め詐欺の電話が掛かってきたらしいわ」

「おい、先ずは落ち着け。そして、胸に手を当てて考えろ。何も無いだろう? とにかく、落ち着くんだ」

(ぺったん、ぺったん、ぺったん)

「中学生なら仕事場の掃除ぐらいできるだろう」

「どうかしら」

「本気でその子を働かすおつもりですか」

「ああ。きっとアルバイトを見つけると約束した。しかも小指でだぞ」

「にいさん、そんなおのろけはいいから話を続けてくれませんか」(博)

「そうよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはね、その映画には出ていないのよ」(さくら)

「三丁目はわかっている。しかし、小指の約束がな、イヒヒヒ」(寅)

 

 

 

I・二六頁・MM

 

 

 

「意外といい子でした。あなたの話ではどんな子かと」

「お人好しのところがあるだろう」

「無邪気なの」

「あの笑いかたを見ると少し足りないのかと思ったが」

「弟が二人と妹が一人いるんですって。ケーキをあげたら自分が食べないでその弟妹に持っていこうとするでしょ。いじらしくなったわ。お父さんは事故の時の手術が失敗して内臓も悪くしているらしいの」

「それは何の歌」

「先生って何でも知っているのかと思ったら案外何も知らないのね」

「先生、中学生の言葉を教えてあげようか。チョコばるってなあに」

「チョコばる? わかった、ドロドロに甘いディープ・キス!」

「ブー。学校の帰りにかくれてサテンに寄ることデース」

「チョコばるが、隠れて喫茶店に寄ることだって?」

「ハッピる、は?」

「横浜ベイスターズの応援ハッピを着てメガホンを持った朝ズバの高畑百合子アナウンサー(当時)を見ながら画面に釘付けになること!」

「ちょっとオシいかな。嬉しい時やハッピイな時に言うんだよ。倖せだなんてモロに言うと恥ずかしいデスもんね」

「母親のことは、ギャー」

「アップするは、かっぱらうこと」

「NHKは、ニヤけたエッチな子」

「カスむとは、授業をさぼる意味」

「カッスーは、卓球の石川佳純選手(当時二十歳)」

「カマつくるは、カマトトぶりっこをする」

「ムッシューは、かまやつひろし(当時)」

「滝川クリステルさんのフランス語はすばらしい(ありがとう)」

「そして、同性どうしの結婚はアメリカでは合法(2013年)」

「何だって――こんなに時代は変わっていたのか。ちなみに、もう君たちは恋人同士のことをアベックとは言わんのだろうなあ」

「言いますよ。ONのアベック・ホームランとか」

「キミは本当は幾つなんだ!」(欲望という名の電車)

「あなた、あの子は見違えるように良くなりました」

「よかった、よかった」

「いつか教会に連れて行こうかしら」

「そんなことよりも、いつか話した長崎旅行」

(低温だったらやめておいた方がいい。暖かくなったらその時は行けばいい)

「そうですか、そうですか」

(ヒースクリフ様、一体、どちらへ行かれるのです)

「奥さんが怒るもん」(二八頁)

 

 

(スキャンダル・第一章・了)

 

 

 

 

 

 

遥かなる愛子天皇(罪と罰・Part 5, Chapter 5)

遥かなる愛子天皇(罪と罰・Part 5, Chapter 5)

 

 

 

レベジアトニコフは不安げな様子をしていた。

 

「ソーフィヤ・セミョーノヴナ、あなたのところへ来たのです」と、彼は始めた。「失礼……あなたがここにいると思ったのです」と、彼は突然ラスコーリニコフに向かって言った。「つまり、私は何も……そのような意味で……ではなく……ただ思ったのです……カテリーナ・イワーノヴナが気が狂ってしまったのです」と、彼は突然言い放ち、ラスコーリニコフからソーニャへと向き直った。

 

ソーニャは悲鳴をあげた。

 

「少なくともそう見えます。しかし……どうしたらよいのかわからないのです、わかるでしょう! 彼女は戻ってきました――どこかで追い出されたらしく、おそらく殴られた……少なくともそう見えるのです……彼女はあなたの父の以前の上司のところへ駆け込みましたが、家にはいませんでした:その人は別の将軍のところで食事をしていたのです……想像できますか、彼女はそこへ、別の将軍のところへ駆け込み、そして、考えてみてください、彼女はあまりにもしつこかったので、その上司に会うことに成功し、どうやら食事の席から呼び出させたのです。何が起こったか想像できるでしょう。もちろん彼女は追い出されました;しかし、彼女自身の話によれば、彼女は彼を罵り、何かを彼に投げつけたのです。信じてもよいでしょう……どうして彼女が捕らえられなかったのか、私には理解できません! 今、彼女は皆に話しています、アマーリヤ・イワーノヴナにも;しかし彼女を理解するのは難しいのです、彼女は叫び、身を投げ出しています……ああそうです、彼女は叫んでいます、皆が自分を見捨てたのだから、子どもたちを連れて街へ出て、手回しオルガンとともに、子どもたちは歌い踊り、彼女もまたそうして、金を集め、そして毎日将軍の窓の下へ行くのだと……『よく見えるようにするために、身分のある家の子どもたちが、父親は官吏だったのに、通りで物乞いをしているのを』。彼女は子どもたちを叩き続け、皆泣いています。彼女はリーザに「わが村」を歌わせ、男の子には踊りを、ポレンカにも同じことを教えています。彼女は服をすべて引き裂き、俳優のような小さな帽子を作っています;彼女はブリキの洗面器を持って、それを鳴らして音楽の代わりにするつもりなのです……彼女は何も聞こうとしません……想像してみてください、この有様を! 常軌を逸しています!」

 

レベジアトニコフはさらに続けようとしたが、ほとんど息もつけずに彼の話を聞いていたソーニャは、外套と帽子をつかみ、部屋を飛び出しながら身につけた。ラスコーリニコフは彼女の後を追い、レベジアトニコフもその後に続いた。

 

「彼女は確かに気が狂っています!」と、彼は通りへ出ながらラスコーリニコフに言った。「ソーフィヤ・セミョーノヴナを怖がらせたくなかったので、『そうらしい』と言ったのですが、疑いようがありません。人は言います、結核では時に結節が脳にできることがあると;医学について何も知らないのが残念です。説得しようとしましたが、彼女は聞こうとしませんでした。」

 

「結節について話したのか?」

 

「正確に結節についてではありません。しかも、彼女には理解できなかったでしょう! しかし私が言うのは、もし人を論理的に説得して、泣く理由が何もないと納得させれば、その人は泣くのをやめるということです。それは明らかです。あなたは、それは起こらないという確信をお持ちですか?」

 

「もしそうなら、人生はあまりに容易すぎるだろう」と、ラスコーリニコフは答えた。

 

「失礼、失礼;もちろんカテリーナ・イワーノヴナには理解するのは少し難しいでしょうが、パリでは、狂人を単に論理的議論によって治療する可能性について、真面目な実験が行われていることをご存じですか? ある教授がいて、地位ある科学者で、最近亡くなりましたが、その人はそのような治療の可能性を信じていたのです。彼の考えでは、狂人の身体的な器官には本当のところ何も悪いところはなく、狂気とは、いわば論理的な誤り、判断の誤り、物事の不正確な見方なのです。彼は徐々に狂人にその誤りを示し、そして、信じられるでしょうか、成功したと言われています? しかし彼はまた冷水浴も使っていたので、どこまでその成功がその治療によるものかは不確かです……少なくともそう見えるのです。」

 

ラスコーリニコフはもう長い間聞くのをやめていた。彼の住む家に着くと、彼はレベジアトニコフにうなずき、門を入っていった。レベジアトニコフははっと目を覚ましたようにして、あたりを見回し、急いで去っていった。

 

 

ラスコーリニコフは自分の小さな部屋に入り、その真ん中に立ち止まった。なぜ彼はここへ戻ってきたのか?彼は黄色く擦り切れた壁紙、埃、ソファを見た……中庭からは大きな絶え間ないノックの音が聞こえてきた;誰かが金槌で打っているようだった……彼は窓へ行き、つま先立ちになって長いあいだ中庭を見下ろし、夢中になった注意の様子で見つめた。しかし中庭は空っぽで、誰が打っているのか見えなかった。左手の家にはいくつかの開いた窓が見えた;窓枠には弱々しく見えるゼラニウムの鉢が置かれていた。洗濯物が窓から外へ干されていた……彼はそれをすべて暗記していた。彼は向きを変え、ソファに腰を下ろした。

 

かつて一度も、彼はこれほど恐ろしく孤独だと感じたことはなかった!

 

そうだ、彼は再び感じた――おそらく彼はソーニャを憎むようになるだろう、今や彼は彼女をさらに惨めにしてしまったのだから。

 

「なぜ彼は彼女のところへ行って、彼女の涙を乞うたのか?彼女の人生を毒する必要がどこにあったのか?ああ、その卑劣さ!」

 

「私はひとりでい続ける」と、彼は断固として言った。「そして彼女は牢獄へは来ない!」

 

五分後、彼は奇妙な微笑を浮かべて頭を上げた。それは奇妙な考えだった。

 

「もしかすると、本当にシベリアのほうがよいのかもしれない」と、彼は突然思った。

 

彼はどれほど長くそこに座っていたのか言うことができなかった、漠然とした思考が心の中を渦巻いていた。突然、ドアが開き、ドゥーニャが入ってきた。最初、彼女は立ち止まり、戸口から彼を見つめた――ちょうど昨日、彼がソーニャを見たように;それから彼女は入ってきて、昨日と同じ場所、彼の正面の椅子に腰を下ろした。彼は黙って、ほとんど空虚な様子で彼女を見た。

 

「怒らないで、兄さん;私は一分だけ来ただけなの」と、ドゥーニャは言った。

 

彼女の顔は思案深かったが、厳しくはなかった。彼女の目は明るく柔らかかった。彼は、彼女もまた愛をもって彼のところへ来たのだと見て取った。

 

「兄さん、私は今すべて、すべてを知りました。ドミトリー・プロコーフィチが説明し、すべてを話してくれました。彼らは愚かで軽蔑すべき疑いによって、あなたを悩ませ、迫害しているのです……ドミトリー・プロコーフィチは、危険はなく、あなたがそれをそんなに恐怖をもって受け取るのは間違っていると言いました。私はそうは思いませんし、あなたがどれほど憤慨しているか、そしてその憤慨があなたに永続的な影響を与えるかもしれないことを完全に理解しています。それが私の恐れていることです。あなたが私たちから身を引くことについては、私はあなたを裁きません、裁こうとは思いませんし、それを責めたことを許してください。私自身も、もしそんな大きな苦しみがあれば、誰からも離れていたでしょう。母にはこのことを何も言いませんが、私はあなたのことを絶えず話し、あなたからの言葉として、あなたがすぐに来ると言うつもりです。母のことは心配しないで;私が安心させます;でも、あなたもあまり母を苦しめないで――一度だけでも来てください;彼女はあなたの母なのですから。そして今、私はただ言いに来たのです」(ドゥーニャは立ち上がり始めた)「もしあなたが私を必要とするなら、あるいは……私の一生でも何でも……必要とするなら、呼んでください、私は来ます。さようなら!」

 

彼女は急に向きを変え、ドアへ向かった。

 

「ドゥーニャ!」ラスコーリニコフは彼女を呼び止め、彼女のほうへ歩み寄った。「そのラズミーヒン、ドミトリー・プロコーフィチは、とてもよい男だ。」

 

ドゥーニャはわずかに赤くなった。

 

 

「どうなの?」と、彼女は一瞬待って尋ねた。「彼は有能で、勤勉で、正直で、そして本当の愛情を持つことができる……さようなら、ドゥーニャ。」ドゥーニャは真紅に染まり、そして突然不安を覚えた。「でも、それはどういう意味なの、兄さん? 本当に永遠の別れなの? あなたが……そんな別れの言葉を私に与えるなんて?」「気にするな……さようなら。」彼は向きを変え、窓のほうへ歩いた。彼女はしばらく立ち止まり、不安げに彼を見つめ、それから心を乱したまま出ていった。

 

いや、彼は彼女に冷たかったわけではなかった。ある瞬間(まさに最後の瞬間)、彼は彼女を腕に抱きしめて別れを告げ、さらには彼女にすべてを話したいと切望したのだが、彼は彼女の手に触れることさえ敢えてしなかった。

 

「あとになって、彼女は私が彼女を抱きしめたことを思い出して身震いし、私が彼女の接吻を盗んだと感じるだろう。」

 

「そして、彼女はその試練に耐えるだろうか?」数分後、彼は自分に向かって続けた。「いや、耐えない;ああいう娘はそんなことに耐えられない! 決して耐えない。」

 

そして彼はソーニャのことを思った。

 

窓から新鮮な空気が一息吹き込んできた。日光は薄れつつあった。彼は帽子を取り、外へ出た。

 

もちろん、彼は自分がどれほど病んでいるかを考えることはできず、また考えようともしなかった。しかし、この絶え間ない不安と精神の苦悩が彼に影響しないはずはなかった。そして、もし彼が高熱で倒れていないのだとすれば、それはおそらく、この絶え間ない内的緊張が彼を立たせ、精神の働きを保たせていたからであった。しかし、この人工的な興奮は長くは続かない。

 

彼はあてもなくさまよった。太陽は沈みつつあった。

 

最近、特別な形の苦悩が彼を圧迫し始めていた。それには鋭さも、激しさもなかった;しかし、それには永続性、永遠性の感覚があった;それは、この冷たく鉛のような苦悩の、希望のない年月の予感をもたらし、「一平方ヤードの空間の上で」続く永遠の予感をもたらした。

 

夕方に近づくと、この感覚は通常さらに重く彼にのしかかった。

 

「この愚かな、純粋に肉体的な弱さ――日没か何かに左右される――では、愚かなことをせずにはいられない!ドゥーニャのところへ行くだろう、ソーニャのところへ行くのと同じように」と、彼は苦々しくつぶやいた。

 

彼は自分の名が呼ばれるのを聞いた。彼は振り向いた。レベジアトニコフが彼のところへ駆け寄ってきた。

 

「想像してみてください、あなたを探してあなたの部屋へ行ったのです。想像してみてください、彼女は計画を実行し、子どもたちを連れ去ったのです。ソーフィヤ・セミョーノヴナと私は彼らを見つけるのに苦労しました。彼女はフライパンを叩いて、子どもたちに踊らせています。子どもたちは泣いています。彼らは辻や店の前で立ち止まり続けています;愚かな群衆が彼らのあとを追いかけています。さあ、行きましょう!」

 

 

「それでソーニャは?」ラスコーリニコフは不安げに尋ね、レベジアトニコフのあとを急いで追った。

 

「まったく取り乱しています。つまり、取り乱しているのはソーフィヤ・セミョーノヴナではなく、カテリーナ・イワーノヴナなのですが、ソーフィヤ・セミョーノヴナも取り乱しています。しかしカテリーナ・イワーノヴナは完全に取り乱しています。私は言いますが、彼女はまったく狂っています。彼らは警察に連れて行かれるでしょう。あなたはそれがどんな影響を与えるか想像できるでしょう……彼らは今、運河の岸辺、橋の近くにいます、ソーフィヤ・セミョーノヴナの家から遠くありません、すぐ近くです。」

 

運河の岸辺、橋の近くで、ソーニャの住んでいる家から二軒と離れていないところに、人だかりができていた。その群衆は主として路地の子どもたちで構成されていた。橋の上からカテリーナ・イワーノヴナのしゃがれた壊れた声が聞こえ、それは確かに通りの群衆を引きつけるに違いない奇妙な光景であった。

 

カテリーナ・イワーノヴナは、古い服に緑のショールをまとい、片側がひどく押しつぶされた破れた麦わら帽子をかぶって、本当に取り乱していた。彼女は疲れ果て、息も絶え絶えだった。やつれた結核の顔はこれまで以上に苦しげに見え、実際、屋外の陽光の下では、結核患者は家にいるときよりいつも悪く見えるものだ。しかし彼女の興奮は衰えず、瞬間ごとに彼女の苛立ちはさらに激しくなった。

 

彼女は子どもたちに飛びかかり、彼らに怒鳴り、なだめすかし、群衆の前でどう踊り、何を歌うべきかを彼らに言い、なぜそれが必要なのかを説明し始め、彼らが理解しないことに絶望して、彼らを殴った……。

 

それから彼女は群衆に向かって突進した;もし彼女がきちんとした身なりの人が立ち止まって見ているのに気づくと、すぐにその人に訴えかけ、これらの子どもたちが「上流の、いわば貴族的な家」の出身なのに、どんな境遇に落ちてしまったかを見るよう求めた。

 

もし群衆の中に笑いや嘲りを聞けば、彼女はすぐにその嘲笑者たちに突進し、彼らと口論を始めた。

 

ある者は笑い、ある者は首を振ったが、誰もが、狂った女と怯えた子どもたちの光景に好奇心を覚えた。

 

レベジアトニコフが言っていたフライパンはそこにはなかった、少なくともラスコーリニコフには見えなかった。しかしフライパンを叩く代わりに、カテリーナ・イワーノヴナはやつれた手を叩き始め、リーザとコーリャに踊らせ、ポレンカに歌わせた。

 

彼女自身も歌に加わったが、二つ目の音で恐ろしい咳に襲われて歌えなくなり、絶望して呪いの言葉を吐き、涙さえ流した。

 

彼女を最も激怒させたのは、コーリャとリーザの泣き声と恐怖であった。

 

子どもたちを街頭の歌い手のように着飾らせようと、いくらか努力がなされていた。男の子は赤と白の何かで作ったターバンをかぶり、トルコ人のように見せられていた。リーザには衣装がなく、ただ赤い毛糸の帽子――というより、マルメラードフのものだった寝帽――をかぶり、それには白いダチョウの羽の壊れた一片が飾られていた。それはカテリーナ・イワーノヴナの祖母のもので、家の所蔵品として保存されていたものだった。

 

ポレンカは普段着のままで、母親をおずおずと困惑した様子で見つめ、涙を隠しながら母のそばに寄り添っていた。彼女は母の状態をぼんやりと理解し、不安げに周囲を見回していた。彼女は通りと群衆をひどく恐れていた。

 

ソーニャはカテリーナ・イワーノヴナのあとを追い、泣きながら家に戻るよう懇願したが、カテリーナ・イワーノヴナは説得されようとしなかった。

 

 

「やめて、ソーニャ、やめて」と、彼女は叫び、早口で話し、息を切らし、咳をしながら言った。「あなたは自分が何を求めているのかわかっていない;あなたは子どものようだ! 私は前にも言ったでしょう、あの酔っぱらいのドイツ女のところへは戻らないと。皆に、ペテルブルク中の皆に、子どもたちが通りで物乞いをしているのを見せればいいのよ、彼らの父親は名誉ある男で、一生を真実と忠実さのうちに仕え、いわば奉仕のうちに死んだのだから。」(カテリーナ・イワーノヴナはこの途方もない作り話をすでに考え出し、完全に信じ込んでいた。)「その下劣な将軍にも見せてやるのよ! そしてあなたは愚かだ、ソーニャ:私たちは何を食べればいいの? それを言ってみなさい。私たちはあなたをもう十分悩ませた、私はもうそんなふうにはしないわ! ああ、ロージオン・ロマーノヴィチ、あなたなの?」彼女はラスコーリニコフを見つけ、彼のほうへ駆け寄りながら叫んだ。「この愚かな娘に説明してちょうだい、これ以上よいことはできなかったのだと! 手回しオルガン弾きでさえ生活を立てているし、皆すぐにわかるわ、私たちが違うのだと、私たちは名誉ある、そして遺族の家族で、物乞いに落ちぶれたのだと。そしてあの将軍は職を失うわ、あなたは見るでしょう! 私たちは毎日彼の窓の下で演じるのよ、そしてもしツァーリが通りかかったら、私はひざまずいて、子どもたちを前に置き、彼に見せて、『父よ、私たちをお守りください』と言うわ。彼は孤児の父であり、慈悲深く、私たちを守ってくれるわ、あなたは見るでしょう、そしてあの下劣な将軍は……。リーザ、テネ・ヴ・ドロワット!(まっすぐ立ちなさい!) コーリャ、また踊るのよ。なぜ泣きべそをかいているの? また泣きべそ! 何を怖がっているの、愚か者! ああ、ロージオン・ロマーノヴィチ、私はこの子たちをどうすればいいの? あなたが知っていればいいのに、彼らがどれほど愚かか! こんな子どもたちをどうすればいいの?」

 

そして彼女は、ほとんど自分自身も泣きそうになりながら――それでも彼女の途切れない、速い話しぶりは止まらなかった――泣いている子どもたちを指さした。ラスコーリニコフは彼女を家へ帰らせようと説得しようとし、さらには彼女の虚栄心に訴えようとして、彼女が寄宿学校の校長になろうとしているのに、手回しオルガン弾きのように通りをさまようのは見苦しいと言った。

 

「寄宿学校、ハハハハ! 空中楼閣よ」と、カテリーナ・イワーノヴナは叫び、その笑いは咳で終わった。「いいえ、ロージオン・ロマーノヴィチ、その夢は終わったのよ! 皆が私たちを見捨てた!……そしてあの将軍……。あなたは知っているでしょう、ロージオン・ロマーノヴィチ、私は彼にインク壺を投げつけたのよ――それは、名前を書く紙のそばに、待合室に置かれていたの。私は自分の名前を書き、彼にそれを投げつけて、逃げたのよ。ああ、あの悪党ども、悪党ども! でももう彼らのことはいいわ、今度は私が自分で子どもたちの面倒を見る、誰にも頭を下げないわ! 彼女は私たちのためにもう十分耐えてくれたのよ!」彼女はソーニャを指さした。「ポレンカ、いくらもらったの? 見せて! 何、たった二ファージング! ああ、卑しい悪党ども! 彼らは何もくれない、ただ私たちのあとを追いかけて、舌を出しているだけ。ほら、あの間抜けは何を笑っているの?」(彼女は群衆の中の男を指さした。)「全部コーリャが愚かだからよ;私は彼に手間がかかるの。何が欲しいの、ポレンカ? フランス語で言いなさい、パルレ・モワ・フランセ。どうして、私はあなたに教えたでしょう、いくつかの言い回しを知っているはずよ。そうでなければ、どうやってあなたが良家の、きちんと育てられた子どもたちで、ほかの手回しオルガン弾きとはまったく違うのだと示すの? 私たちは通りで人形芝居をするのではなく、上品な歌を歌うのよ……ああ、そうだ……何を歌いましょう? あなたたちは私を混乱させるけれど、でも私たちは……ほら、こうして立っているのよ、ロージオン・ロマーノヴィチ、何か歌ってお金を得るものを探しているの、コーリャが踊れるものを……。というのも、あなたが想像できるように、私たちの演し物はすべて即興なのよ……。私たちはそれを話し合い、すべてを徹底的に稽古しなければならない、そしてネフスキーへ行くのよ、そこにはもっと良家の人々が多くいて、私たちはすぐに注目されるわ。リーザは『わが村』しか知らない、ただ『わが村』だけ、そして皆それを歌うのよ。もっとずっと上品なものを歌わなければ……。さあ、何か思いついた、ポレンカ? あなたが母親を助けてくれればいいのに! 私の記憶はすっかりなくなってしまった、そうでなければ何か思いついたでしょうに。『一人の胸甲騎兵』は本当に歌えないわ。ああ、フランス語で歌いましょう、『サンク・スー』、私はあなたに教えた、教えたのよ。そしてそれがフランス語だから、人々はすぐにあなたたちが良家の子どもだとわかり、それはもっとずっと感動的になるわ……。『マルブローは戦争に行く』を歌ってもいいわ、それはまったく子どもの歌で、すべての貴族の家で子守歌として歌われているのだから。」

 

 

Marlborough s’en va-t-en guerre

Ne sait quand reviendra…

 

と、彼女は歌い始めた。「でも、だめだわ、『サンク・スー』を歌ったほうがいい。さあ、コーリャ、腰に手を当てて、急いで、そしてあなたは、リーザ、反対の方向へ回り続けて、ポレンカと私は歌って手を叩くのよ!

 

Cinq sous, cinq sous

Pour monter notre ménage.

 

(ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!)

『ポレンカ、服をちゃんとしなさい、肩のところでずり落ちているわ』と、彼女は咳で息を切らしながら言った。「今は特に、きちんと、上品にふるまうことが必要なのよ、皆があなたたちを良家の子どもだと見られるように。私はそのとき言ったのよ、胴着はもっと長く切って、二幅で作るべきだと。あなたのせいなのよ、ソーニャ、短く作るようにとあなたが助言したせいで、今では子どもがそれで全く形が崩れてしまっている……。どうして、また皆泣いているの? どうしたの、愚か者たち? さあ、コーリャ、始めなさい。急いで、急いで! ああ、なんて耐えがたい子なの!

 

Cinq sous, cinq sous.

 

「また警官ね! 何が欲しいの?」

 

警官が実際に群衆を押し分けて進んできていた。しかしそのとき、民間の制服にオーバーコートを着た紳士――首に勲章をつけた、五十歳ほどの、しっかりした様子の役人(これはカテリーナ・イワーノヴナを喜ばせ、警官にも影響を与えた)――が近づき、言葉もなく彼女に緑色の三ルーブル紙幣を手渡した。彼の顔には真の同情の表情があった。カテリーナ・イワーノヴナはそれを受け取り、丁重に、ほとんど儀礼的にお辞儀をした。

 

「私はあなたに感謝いたします、名誉ある旦那様」と、彼女は高慢に始めた。「私たちをこうさせた原因は(お金を取りなさい、ポレンカ:見なさい、困窮した上品な婦人を助けようとする気前のよい名誉ある人々がいるのよ)。見てください、名誉ある旦那様、この良家の孤児たち――いわば貴族的なつながりのある――そしてあの下劣な将軍は雷鳥を食べていて……私が彼を邪魔したとき、足を踏み鳴らしたのです。『閣下』と私は言いました、『孤児たちをお守りください、あなたは私の亡き夫、セミョーン・ザハーロヴィチをご存じで、彼の死の日に、最も卑劣な悪党が彼のただ一人の娘を中傷したのです』……。またあの警官! 私をお守りください」と、彼女は役人に叫んだ。「どうしてあの警官は私に近づいてくるの? 私たちはさっき一人から逃げてきたばかりなのよ。何が欲しいの、愚か者!」

 

「通りでは禁止されています。騒ぎを起こしてはいけません。」

 

「あなたが騒ぎを起こしているのよ。私が手回しオルガンを弾いているのと同じじゃないの。あなたに何の関係があるの?」

 

「オルガンには免許が必要で、あなたは持っていないし、そのやり方では群衆を集めてしまう。どこに住んでいるんです?」

 

「何ですって、免許?」カテリーナ・イワーノヴナは泣き声で叫んだ。「私は今日、夫を埋葬したのよ。免許なんて何の必要があるの?」

 

「落ち着きなさい、奥さん、落ち着きなさい」と、役人が言い始めた。「さあ、行きましょう;私があなたをお送りします……ここはあなたのいる場所ではありません。あなたは病気です。」

 

「名誉ある旦那様、名誉ある旦那様、あなたはご存じないのです」と、カテリーナ・イワーノヴナは叫んだ。「私たちはネフスキーへ行くのです……ソーニャ、ソーニャ! 彼女はどこ? 彼女も泣いている! あなたたちはどうしたの?コーリャ、リーザ、どこへ行くの?」彼女は突然不安になって叫んだ。「ああ、愚かな子どもたち! コーリャ、リーザ、どこへ行ってしまったの?……」

 

コーリャとリーザは、群衆と母親の狂ったふるまいにすっかり怯え、警官がどこかへ連れて行こうとするのを見て、突然互いに手をつかみ、走り出した。

 

泣き叫びながら、哀れなカテリーナ・イワーノヴナは彼らのあとを走って追った。彼女は泣き、息を切らしながら走る、哀れで見苦しい光景であった。ソーニャとポレンカも彼らのあとを追って駆け出した。

 

 

「連れ戻して、連れ戻して、ソーニャ! ああ、愚かで、恩知らずの子どもたち!……ポレンカ! あの子たちを捕まえて……あなたたちのために私は……」

 

彼女は走りながらつまずき、倒れた。

 

「彼女、怪我をしたわ、血が出ている! ああ、なんてこと!」と、ソーニャが身をかがめて叫んだ。

 

皆が駆け寄り、彼女のまわりに群がった。ラスコーリニコフとレベジアトニコフが最初に彼女のそばに来て、役人も急いで近づき、その後ろには警官がいて、「ちぇっ!」と不機嫌に言い、面倒な仕事になりそうだと感じて苛立ちの身振りをした。

 

「通れ、通れ!」と、彼は前へ押し寄せる群衆に言った。

 

「彼女は死にかけている」と誰かが叫んだ。

 

「彼女は気が狂ってしまった」と別の者が言った。

 

「主よ、憐れみを」と、女が十字を切りながら言った。「あの女の子と男の子は捕まえられたの? 連れ戻されているわ、年上の子が二人を捕まえている……ああ、いたずら小僧たち!」

 

カテリーナ・イワーノヴナを注意深く調べると、ソーニャが思ったように石で怪我をしたのではなく、舗道を赤く染めている血は彼女の胸から流れているのだとわかった。

 

「私は以前にも見たことがある」と、役人がラスコーリニコフとレベジアトニコフに向かってつぶやいた。「これは結核だ;血が流れ、患者を窒息させる。私は最近、自分の親族にも同じことを見た……一分のうちにほとんど一パイントの血が……。しかし、どうすればいい? 彼女は死にかけている。」

 

「こちらへ、こちらへ、私の部屋へ!」とソーニャが懇願した。「私はここに住んでいます!……ほら、あの家、ここから二軒目です……。私のところへ来て、急いで」と、彼女はあちこちに向かって言った。「医者を呼んで! ああ、なんてこと!」

 

役人の尽力のおかげで、この案が採用され、警官もカテリーナ・イワーノヴナを運ぶのを手伝った。彼女はほとんど意識を失ったままソーニャの部屋へ運ばれ、ベッドに横たえられた。血はまだ流れていたが、彼女は正気に戻りつつあるように見えた。

 

ラスコーリニコフ、レベジアトニコフ、役人はソーニャとともに部屋へ入り、警官も続いた。警官はまず、ドアまでついてきた群衆を追い返した。

 

ポレンカは、震え泣いているコーリャとリーザを連れて入ってきた。カペルナウモフ家の部屋からも数人が入ってきた;家主である、奇妙な外見の、片目で足の悪い男――髭と髪がブラシのように逆立っている――その妻、いつも怯えた表情の女、そして口をぽかんと開け、驚きの表情を浮かべた子どもたち数人。

 

その中に、突然スヴィドリガイロフが姿を現した。ラスコーリニコフは驚いて彼を見た。どこから来たのか理解できず、群衆の中で彼に気づかなかったのだ。

 

医者と司祭のことが話題に上った。役人はラスコーリニコフに、医者にはもう遅すぎると思うとささやいたが、それでも呼ぶよう命じた。カペルナウモフ自身が走って行った。

 

その間に、カテリーナ・イワーノヴナは呼吸を取り戻していた。出血はしばらく止まった。彼女は病んでいるが、鋭く、貫くような目でソーニャを見つめた。ソーニャは青ざめ、震えながら、ハンカチで額の汗を拭っていた。

 

ついに彼女は起こしてくれと頼んだ。彼らは彼女をベッドの上で起こし、両側から支えた。

 

「子どもたちはどこ?」と、彼女は弱々しい声で言った。「連れてきたのね、ポレンカ? ああ、愚か者たち! どうして逃げたの……ああ!」

 

 

再び、彼女の乾いた唇は血で覆われた。彼女は目を動かし、あたりを見回した。

 

「そうやって暮らしているのね、ソーニャ! 私は一度もあなたの部屋に来たことがなかった。」

 

彼女は苦しみの表情でソーニャを見つめた。

 

「私たちはあなたの破滅だったのよ、ソーニャ。ポレンカ、リーザ、コーリャ、ここへ来なさい!さあ、ここにいるわ、ソーニャ、みんなを連れて行きなさい!私は彼らをあなたに引き渡すわ、もう十分よ!舞踏会は終わったのよ。」(咳!)「私を横にして、静かに死なせて。」

 

彼らは彼女を枕に戻して横たえた。

 

「何、司祭? 私は彼を欲しくない。あなたたちは余分のルーブルなんて持っていない。私は罪なんてない。神はそんなものなしで私を許さなければならない。神は私がどれほど苦しんだか知っている……。そしてもし神が私を許さないなら、私は気にしない!」

 

彼女はますます不安な譫妄に沈んでいった。時折、彼女は身震いし、目を左右に動かし、一瞬だけ皆を認識するが、すぐにまた譫妄に沈んだ。彼女の呼吸はしゃがれ、困難で、喉には何か鳴るような音があった。

 

「私は彼に言ったのよ、閣下」と、彼女は言葉の一つ一つのあとで息をあえぎながら叫んだ。「あのアマーリヤ・ルドヴィゴヴナ、ああ!リーザ、コーリャ、腰に手を当てて、急いで!グリセ、グリセ! パ・ド・バスク!かかとで打ちなさい、上品な子どもになりなさい!

 

Du hast Diamanten und Perlen

 

次は何?これが歌うべきものよ。

 

Du hast die schönsten Augen, Mädchen, was willst du mehr?

 

なんて考え!Was willst du mehr?あの愚か者が何を思いつくことか!ああ、そうだ!

 

真昼の暑さの中で、ダゲスタンの谷で。

 

ああ、私はそれをどれほど愛したことか!私はその歌を夢中で愛したのよ、ポレンカ!あなたのお父さんはね、私たちが婚約していたとき、よくそれを歌ったのよ……ああ、あの頃!ああ、これこそ私たちが歌うべきものよ!どう続くの?忘れてしまったわ。思い出させて!どうだったかしら?」

 

彼女は激しく興奮し、起き上がろうとした。ついに、恐ろしくしゃがれ、壊れた声で、一語ごとに叫び、息をあえぎながら、増していく恐怖の表情で歌い始めた。

 

「真昼の暑さの中で!……谷で!……ダゲスタンの!……胸に鉛を受けて!……」

 

 

「閣下!」と、彼女は突然、胸を引き裂くような叫びと涙の洪水とともに泣き叫んだ。「孤児たちをお守りください! あなたは彼らの父の客だった……いわば貴族的な……」

 

彼女はびくりとし、意識を取り戻し、一種の恐怖をもって皆を見つめたが、すぐにソーニャを認識した。

 

「ソーニャ、ソーニャ!」彼女は柔らかく、愛撫するように言った、まるでそこにソーニャがいることに驚いたかのように。「ソーニャ、愛しい人、あなたもここにいるの?」

 

彼らは再び彼女を起こした。

 

「もう十分! 終わったのよ!さようなら、かわいそうな子!私はもうだめだ!私は砕けてしまった!」彼女は復讐するような絶望で叫び、頭は重く枕の上に落ちた。

 

彼女は再び意識を失ったが、今回は長くは続かなかった。彼女の青白く、黄色く、やつれた顔は後ろへ倒れ、口は開き、脚はけいれんし、彼女は深く、深く息をつき、そして死んだ。

 

ソーニャは彼女に身を投げかけ、腕を彼女のまわりに回し、死んだ女のやつれた胸に頭を押しつけたまま動かなかった。

 

ポレンカは母の足元に身を投げ、それに接吻し、激しく泣いた。

 

コーリャとリーザは何が起こったのか理解していなかったが、それが恐ろしいことだという感覚はあり、互いの小さな肩に手を置き、まっすぐ互いを見つめ、そして二人同時に口を開けて叫び始めた。

 

二人ともまだ仮装のままであった;一人はターバンをかぶり、もう一人はダチョウの羽のついた帽子をかぶっていた。

 

そして、どうして「功労証書」がカテリーナ・イワーノヴナのそばのベッドにあったのか?それは枕のそばに置かれていた;ラスコーリニコフはそれを見た。

 

彼は窓のほうへ歩いていった。レベジアトニコフが彼のところへ跳んで来た。

 

「彼女は死んだ」と、彼は言った。

 

「ロージオン・ロマーノヴィチ、あなたと二言話さなければならない」と、スヴィドリガイロフが二人のところへ来て言った。

 

レベジアトニコフはすぐに場所を空け、控えめに退いた。スヴィドリガイロフはラスコーリニコフをさらに離れたところへ連れていった。

 

「私がすべての手配を引き受けます、葬式やそのほかのことを。あなたも知っているように、それは金の問題で、そして前にも言ったように、私は余るほど持っています。私はあの二人の子どもとポレンカを、良い孤児院に入れますし、成人したときにそれぞれに千五百ルーブルが支払われるようにします。そうすればソーフィヤ・セミョーノヴナは彼らのことで心配する必要がなくなる。そして私は彼女を泥の中から引き上げます、彼女は良い娘でしょう?ですからアヴドーチャ・ロマーノヴナに伝えてください、私が彼女の一万ルーブルをこう使っているのだと。」

 

「あなたのその慈善の動機は何ですか?」ラスコーリニコフは尋ねた。

 

「おや! あなたは懐疑的な人だ!」スヴィドリガイロフは笑った。「私はその金を必要としていないと言ったでしょう。単に人道から行われたことだと認めませんか?彼女は『虱』ではなかったでしょう」(彼は死んだ女の横たわる隅を指さした)「彼女は、ある古い質屋の女のようでしたか?さあ、あなたも認めるでしょう、ルージンが生き続けて悪事を働くべきなのか、それとも彼女が死ぬべきなのか?そしてもし私が彼らを助けなければ、ポレンカも同じ道をたどったでしょう。」

 

 

彼はこれを、どこか陽気にウインクするような狡猾さの態度で言い、ラスコーリニコフに目を固定したまま話した。ラスコーリニコフは、自分がソーニャに言った言葉を彼が口にするのを聞いて、顔が白くなり、冷たくなった。彼はすばやく後ずさりし、スヴィドリガイロフを野狂しく見つめた。

 

「どうして知っている?」彼は息もできないほどの声でささやいた。

 

「なぜって、私はレスリヒ夫人のところに下宿しているのですよ、壁の向こう側に。ここにカペルナウモフがいて、あそこにはレスリヒ夫人が住んでいる、私の古くからの献身的な友人です。私は隣人なのですよ。」

 

「あなたが?」

 

「そうです」と、スヴィドリガイロフは笑いで震えながら続けた。「名誉にかけて保証しますよ、親愛なるロージオン・ロマーノヴィチ、あなたは私に非常に大きな興味を抱かせたのです。私はあなたに言いましたね、私たちは友人になるだろうと、予言したでしょう。ほら、そのとおりになった。そして、あなたは私がどれほど融通のきく人間かを見るでしょう。あなたは私とうまくやっていけるとわかるでしょう!」

 

 

Crime and Punishment

by Fyodor Dostoyevsky

https://etc.usf.edu/lit2go/182/crime-and-punishment/3422/part-5-chapter-5/

 

 

(Copilot Smart)

 

 

 

 

遥かなる愛子天皇(罪と罰・Part 6, Chapter 1)

遥かなる愛子天皇(罪と罰・Part 6, Chapter 1)

 

 

 

ラスコーリニコフにとって奇妙な期間が始まった――まるで霧が彼の上に落ちかかり、彼を、逃れることのできない陰鬱な孤独の中に包みこんだかのようであった。その期間をずっと後になって思い返したとき、彼は、自分の精神が時折曇らされていた、と信じ、そしてそれは、途切れ途切れにではあるが、最終の破局に至るまで続いていたのだと信じた。彼は、その当時、多くの事柄について思い違いをしていたのだと確信していた――たとえば、ある出来事の日時についてなど。いずれにせよ、後になって自分の記憶をつなぎ合わせようとしたとき、彼は、自分自身について多くのことを、他の人々が彼に語ったところから学んだ。彼は出来事を取り違え、そして出来事を、彼の想像の中にのみ存在していた状況に起因するものとして説明していた。時には、彼は病的な不安の苦悩の餌食となり、それは時にパニックにまで達した。しかし彼はまた、完全な無感動の瞬間、時間、あるいはおそらく丸一日をも、覚えていた――それは、以前の恐怖からの反動として彼に襲いかかり、死にゆく者に時として見られる異常な無感覚に比すべきものであった。彼は、その後期の段階において、自分の状況についての完全で明晰な理解から逃れようとしているかのようであった。即刻の考慮を要する、ある種の本質的事実は、彼にとってとりわけ不快であった。彼は、いくつかの心配事から自由になれたなら、どれほど嬉しかったことだろう――それらを怠ることは、彼を完全で、避けがたい破滅へと脅かすものであったのだが。

 

彼はとりわけスヴィドリガイロフのことを心配しており、彼は常にスヴィドリガイロフのことを考えていると言ってよかった。カテリーナ・イワーノヴナの死の瞬間にソーニャの部屋でスヴィドリガイロフが発した、あまりに威嚇的で、あまりに紛れもない言葉の時から、彼の精神の正常な働きは崩れたように思われた。しかし、この新しい事実が彼に極度の不安を引き起こしたにもかかわらず、ラスコーリニコフはその説明を急ごうとはしなかった。時には、町の孤立した辺鄙な場所で、みすぼらしい食堂の中で、ひとり座り、思いに沈み、どうやってそこに来たのかほとんど分からないままに、彼は突然スヴィドリガイロフのことを思った。彼は突然、明瞭に、そして狼狽をもって認識した――自分は直ちにその男と理解に達し、できる限りの条件を取り決めなければならないのだと。ある日、町の門の外を歩いていると、彼はまさに、そこで会合が取り決められていたのだと空想し、自分はスヴィドリガイロフを待っているのだと思い込んだ。また別の時には、彼は夜明け前に、いくばくかの茂みの下の地面に横たわって目を覚まし、最初はどうやってそこに来たのか理解できなかった。

 

 

しかし、カテリーナ・イワーノヴナの死後の二、三日のあいだに、彼は二度か三度、スヴィドリガイロフとソーニャの住まいで出会った――彼が、しばしのあいだ目的もなくそこへ行ったところで。彼らは数語を交わし、そして重大な主題にはまったく言及しなかった――まるで、しばらくのあいだそれについて語らないことに暗黙のうちに同意しているかのようであった。

 

カテリーナ・イワーノヴナの遺体はまだ棺の中に横たわっており、スヴィドリガイロフは葬儀の手配に忙しかった。ソーニャもまた非常に忙しかった。最後の会見のとき、スヴィドリガイロフはラスコーリニコフに、彼がカテリーナ・イワーノヴナの子供たちのために取り決めをし、それが非常に満足のいくものであることを告げた;彼は、ある種の縁故を通じて、ある人物たちをつかまえることに成功し、その助けによって三人の孤児たちを直ちに非常に適切な施設に置くことができるのだと;彼が彼らに定めた金が大いに助けとなったのだと――というのも、まったくの無一文の孤児よりも、多少の財産を持つ孤児のほうがはるかに入所させやすいからである。彼はまたソーニャについても何かを言い、そして自分自身が一、二日のうちにラスコーリニコフを訪ねて来ると約束し、「相談したいことがある、話し合わねばならぬ事柄があるのだ……」と述べた。

 

この会話は階段の踊り場で行われた。スヴィドリガイロフはラスコーリニコフをじっと見つめ、突然、短い沈黙ののち、声を落として尋ねた:「しかしどうしたのだ、ロジオン・ロマノヴィチ;君は自分らしくないようだ。見てはいるし聞いてはいるが、理解していないように見える。元気を出し給え! 我々は事柄を話し合うだろう;ただ残念なのは、私自身の仕事や他人の仕事があまりに多いことだ。ああ、ロジオン・ロマノヴィチ」と彼は突然付け加えた、「人間すべてに必要なのは、新鮮な空気だ、新鮮な空気……何よりもそれだ!」

 

彼は階段を上って来る司祭と侍者に道を譲るために脇へ寄った。彼らは追悼ミサのために来たのだった。スヴィドリガイロフの命により、それは一日に二度、時刻どおりに唱えられた。スヴィドリガイロフは自分の道を行った。ラスコーリニコフはしばし立ち止まり、考え、そして司祭のあとを追ってソーニャの部屋へ入った。彼は戸口に立った。彼らは静かに、ゆっくりと、そして哀しげに奉神礼を歌い始めた。幼いころから、死の思念と死の存在は、彼にとって何か圧迫的で、神秘的に恐ろしいものを帯びていた;そして彼が追悼ミサを聞くのは久しぶりであった。そしてここには、さらに別の何かがあり、それはあまりに恐ろしく、心を乱すものであった。彼は子供たちを見た:彼らは皆、棺のそばに跪いていた;ポレンカは泣いていた。その後ろでソーニャは祈っていた――静かに、そして、いわば、おずおずと泣きながら。

 

 

「この二日ばかり、彼女は私に一言も言っていない、私を一瞥すらしていない」と、ラスコーリニコフは突然思った。部屋には日光が明るく差していた;香が雲のように立ちのぼっていた;司祭は読んでいた、「主よ、安息を与えたまえ……」。ラスコーリニコフは奉神礼のあいだじゅうそこに留まった。司祭が彼らを祝福し、別れを告げたとき、司祭は奇妙に周囲を見回した。奉神礼のあと、ラスコーリニコフはソーニャのところへ行った。彼女は彼の両手を取り、そしてその頭を彼の肩に沈めた。このわずかな友好的な身ぶりは、ラスコーリニコフを当惑させた。彼には奇妙に思われた――嫌悪の痕跡も、嫌気の痕跡も、彼女の手の震えも、まったく見られないことが。それは自己否定の極限であった――少なくとも彼はそう解釈した。

 

ソーニャは何も言わなかった。ラスコーリニコフは彼女の手を押し、そして出て行った。彼は非常に惨めに感じた。もしどこかの孤独へ逃れることが可能であったなら、彼は自分を幸運だと思っただろう――たとえ生涯そこに過ごさねばならなかったとしても。しかし、最近ほとんどいつもひとりでいたにもかかわらず、彼は決して孤独を感じることができなかった。時には町を出て大通りへ歩き出し、ある時には小さな森にまで達したこともあったが、場所が孤独であればあるほど、彼は自分のそばに不安な存在を意識しているように思われた。それは彼を怖がらせはしなかったが、ひどく苛立たせたので、彼は急いで町へ戻り、群衆の中に紛れ、レストランや酒場に入り、忙しい往来を歩いた。そこで彼はより楽になり、さらにはより孤独に感じた。ある日、夕暮れ時に、彼は酒場で一時間ほど歌を聞いて座っており、そして自分がそれを確かに楽しんでいたことを思い出した。しかしついに、彼は突然再び同じ不安を感じた――まるで良心が彼を責めたかのように。「ここで私は座って歌を聞いている――これが私のすべきことなのか?」と彼は思った。しかし彼はすぐに感じた――それが彼の不安の唯一の原因ではないことを;何か即刻の決断を要するものがあった、しかしそれは彼が明確に理解することも、言葉にすることもできない何かであった。それは絶望的なもつれであった。「いや、再び闘争のほうがましだ! ポルフィーリのほうがましだ……あるいはスヴィドリガイロフ……。再び何らかの挑戦が……何らかの攻撃が。そうだ、そうだ!」と彼は思った。彼は酒場を出て、ほとんど走るように急いで去った。ドゥーニャと母のことが突然彼をほとんどパニックにまで追い込んだ。その夜、彼は朝になる前にクレストフスキー島の茂みの中で目を覚まし、全身を熱で震わせていた;彼は家へ歩いて帰り、到着したのは早朝であった。数時間眠ったのち、熱は彼を離れたが、彼が目覚めたのは遅く、午後二時であった。

 

彼は、カテリーナ・イワーノヴナの葬儀がその日に定められていたことを思い出し、そして自分がそれに出席していないことを喜んだ。ナスターシャが食べ物を持ってきた;彼は食べ、飲み、食欲をもって、ほとんど貪るようにした。彼の頭はよりすっきりし、そして彼はこの三日間よりも落ち着いていた。彼は自分の以前のパニック発作に一時的な驚きをさえ感じた。

 

 

戸が開き、ラズーミヒンが入って来た。

 

「おお、食べている、では病気ではないのだ」とラズーミヒンは言った。彼は椅子を取り、ラスコーリニコフの向かいのテーブルに腰を下ろした。

 

彼は気がかりであり、それを隠そうともしなかった。彼は明らかな苛立ちをもって話したが、急ぐことも声を荒げることもなかった。彼は何か特別な、固く定めた決意を抱いているように見えた。

 

「聞け」と、彼は断固として始めた。「私に関する限り、君ら全員地獄へ行ってもよいのだが、私が見るところでは、どうにもこうにも訳が分からないのは明らかだ;どうか、私が君に質問しに来たなどと思わないでくれ。知りたくないのだ、くそったれ!もし君が秘密を語り始めたら、私は聞くために留まらないだろう、罵りながら出て行くだろう。私はただ、一度でいいから確かめに来たのだ――君が狂っているというのは事実なのかどうかを。君が狂っている、あるいはほとんど狂っているという確信が、空気の中に漂っている。私は、自分自身もその意見に傾いていたことを認める、君の愚かで、嫌悪すべき、まったく説明のつかない行動と、最近の君の母親と妹への態度から判断して。君が彼女らにしたように扱えるのは、怪物か狂人だけだ;だから君は狂っているに違いない。」

 

「君は最後に彼女らをいつ見た?」

 

「たった今だ。君はそれ以来彼女らを見ていないのか?君は自分自身をどうしていた?どうか教えてくれ。私はもう三度君のところへ来ている。君の母親は昨日から重い病気だ。彼女は君のところへ来る決心をしていた;アヴドーチャ・ロマノヴナがそれを止めようとした;彼女は一言も聞こうとしなかった。『もし彼が病気で、もし彼の精神が崩れかけているなら、誰が彼を世話できるの、母親ほどに?』と彼女は言った。我々は皆一緒にここへ来た、彼女をひとりで来させるわけにはいかなかった。我々は彼女に落ち着くよう懇願し続けた。我々が入ると、君はいなかった;彼女は腰を下ろし、我々が沈黙のうちに待つあいだ十分間そこにいた。彼女は立ち上がり、言った:『もし彼が出て行ったのなら、つまり彼が元気で、母親を忘れているのなら、母親が彼の戸口に立って親切を乞うなど、屈辱的で見苦しいことです。』彼女は家へ戻り、床についた;今、彼女は熱を出している。『分かります』と彼女は言った、『彼は自分の娘のための時間はあるのですね。』彼女が言う“君の娘”とはソーフィヤ・セミョーノヴナのことだ、君の婚約者か愛人か、私は知らない。私はすぐにソーフィヤ・セミョーノヴナのところへ行った、何が起きているのか知りたかったからだ。私は見回し、棺を見、泣いている子供たちを見、そしてソーフィヤ・セミョーノヴナが彼らに喪服を試着させているのを見た。君の姿はまったくなかった。私は謝罪し、立ち去り、アヴドーチャ・ロマノヴナに報告した。だから、そんな話は全部ナンセンスで、君には娘などいない;もっともありそうなのは、君が狂っているということだ。だが、ここで君は座って、ゆで牛肉をむさぼっている――まるで三日間一口も食べていなかったかのように。まあその点について言えば、狂人も食べるが、しかし君はまだ私に一言も言っていないにもかかわらず……君は狂っていない!私は誓ってもいい!何よりも、君は狂っていない!だから君ら全員地獄へ行ってもよい、何か謎がある、何か秘密があるのだ、そして私は君の秘密に頭を悩ませるつもりはない。だから私はただ君を罵りに来たのだ」と、彼は立ち上がりながら締めくくった、「気を晴らすために。そして私は今、何をすべきか分かった。」

 

 

「今、君は何をしようというのだ?」

 

「私が何をしようというのか、それが君の何の関わりだ?」

 

「君は飲み騒ぎに出かけるつもりだ。」

 

「どう…どうして分かった?」

 

「いや、それはかなり明白だ。」

 

ラズーミヒンは一分ほど黙した。

 

「君はいつでも非常に理性的な人間で、君は狂ったことなど一度もない、決してない」と、彼は突然熱をこめて述べた。「君の言うとおりだ:私は飲むだろう。さようなら!」

 

そして彼は出て行こうと動いた。

 

「私は君の妹と話していた――おそらく一昨日だったと思うが――君について、ラズーミヒン。」

 

「私について! だが…君は一昨日どこで彼女に会えたというのだ?」ラズーミヒンはぴたりと立ち止まり、少し青ざめさえした。

 

彼の心臓がゆっくりと、そして激しく鼓動しているのが見て取れた。

 

「彼女はひとりでここへ来て、そこに座り、私と話した。」

 

「彼女が来た!」

 

「そうだ。」

 

「君は彼女に何を言った…つまり、私について?」

 

「私は彼女に、君は非常に良い、正直で、勤勉な男だと言った。君が彼女を愛していることは言わなかった、というのも彼女自身がそれを知っているからだ。」

 

「彼女自身がそれを知っている?」

 

「まあ、それはかなり明白だ。私がどこへ行こうと、私に何が起ころうと、君は残って彼女らの面倒を見るだろう。私は、いわば、彼女らを君の保護にゆだねるのだ、ラズーミヒン。私はこれを言うのは、君が彼女をどれほど愛しているかをよく知っているからであり、君の心の純粋さを確信しているからだ。私はまた、彼女も君を愛するかもしれず、おそらくすでに愛しているのだと知っている。今や、君自身で決めるがよい――君が最もよく知っているとおり――君が飲み騒ぎに出かける必要があるのかどうかを。」

 

 

「ロージャ! 君は分かるだろう…まあ……ああ、ちくしょう!だが、君はどこへ行くつもりなのだ?もちろん、もしそれが全部秘密なら、気にしない……。だが私は…私はその秘密を突き止めるだろう……そして私は確信している、それは何か馬鹿げたナンセンスで、君が全部作り上げたものだと。とにかく、君は立派な奴だ、立派な奴だ!……」

 

「それこそが、私が付け加えようとしたことだ――ただ君が遮ったのだが――つまり、君がその秘密を突き止めないという決心は非常に良い決断だということだ。時に任せよ、心配するな。必要な時には、君はすべてを知ることになる。昨日、ある男が私に言った――人間に必要なのは新鮮な空気だ、新鮮な空気だ、新鮮な空気だ、と。私は彼のところへすぐに行って、彼がそれで何を意味したのかを確かめるつもりだ。」

 

ラズーミヒンは、思案と興奮の中に立ち尽くし、黙ったまま結論を下していた。

 

「彼は政治的陰謀家だ! そうに違いない。そして彼は何か絶望的な行動の前夜にいる、これは確実だ。それ以外にはありえない!そして……そしてドゥーニャはそれを知っている」と、彼は突然思った。

 

「では、アヴドーチャ・ロマノヴナが君に会いに来るわけだ」と彼は言った、ひとつひとつの音節を量りながら。「そして君は、我々にはもっと空気が必要だと言う男に会いに行くつもりで、だからもちろん、あの手紙……それもまた何か関係しているに違いない」と、彼は自分の心の中で結論した。

 

「どの手紙だ?」

 

「彼女は今日、手紙を受け取った。それは彼女を非常に動揺させた――本当に非常にだ。あまりにもだ。私は君のことを話し始めたが、彼女は私に話さないよう頼んだ。それから……それから彼女は、私たちはおそらく非常に近いうちに別れねばならないかもしれないと言い始め……それから彼女は何かについて熱心に私に感謝し始め……それから彼女は自分の部屋へ行き、鍵をかけた。」

 

「彼女は手紙を受け取ったのか?」ラスコーリニコフは思案深く尋ねた。

 

「そうだ、そして君は知らなかったのか? ふむ……」

 

彼らは二人とも沈黙した。

 

「さようなら、ロジオン。かつては、兄弟よ、私が……いや、いい、さようなら。君も知っているとおり、かつては……まあ、さようなら!私も行かねばならない。私は飲みに行かない。今はその必要はない……そんなものは全部くだらない!」

 

彼は急いで出て行った;しかし、ほとんど戸を閉めかけたとき、突然また開け、そっぽを向いたまま言った:

 

 

「おお、ところで、あの殺人を覚えているか、ほら、ポルフィーリの、あの老女の?犯人が見つかったのを知っているか、彼は自白し、証拠を提出した。あの労働者のひとりだ、画家だ、考えてみろ!私がここで彼らを弁護したのを覚えているか?信じられるか、あの仲間たちと階段で争ったり笑ったりした一幕全部、管理人と二人の証人が上って来るあいだ、彼は疑いをそらすためにわざとやったのだ。あの若造の狡猾さ、機転!ほとんど信じがたい;だがそれは彼自身の説明であり、彼はすべてを自白した。そして私はなんと愚かだったことか!まあ、彼は単に偽善と、法律家たちの疑いをそらすための才知の天才なのだ――だから、特に驚くことでもないのだろう!もちろん、そういう人間はいつでもあり得る。そして彼がその役柄を保ち続けられず、自白したという事実は、彼を信じやすくする。だが私はなんと愚かだったことか!私は彼らの側で狂ったようになっていた!」

 

「どうか教えてくれ、君はそれを誰から聞いたのだ、そしてなぜそれが君をそんなに興味づけるのだ?」ラスコーリニコフは、明らかな動揺をもって尋ねた。

 

「次は何だ?君は私に、なぜそれが私を興味づけるのかと尋ねる!……まあ、私はポルフィーリから聞いた、ほかの者たちからも……ほとんど全部それについては彼から聞いたのだ。」

 

「ポルフィーリから?」

 

「ポルフィーリから。」

 

「何を……何を彼は言った?」ラスコーリニコフは狼狽して尋ねた。

 

「彼はそれについて見事な説明をしてくれた。心理学的に、彼流に。」

 

「彼が説明したのか?彼自身が説明したのか?」

 

「そうだ、そうだ;さようなら。また別の時に全部話す、だが今は忙しい。かつて私は思い込んでいた……だがどうでもいい、また別の時に!……今、私が飲む必要がどこにある?君は私を、酒なしで酔わせたのだ。私は酔っている、ロージャ!さようなら、行くよ。すぐまた来る。」

 

彼は出て行った。

 

「彼は政治的陰謀家だ、疑いの余地はない」と、ラズーミヒンは階段をゆっくり降りながら決めた。「そして彼は妹を巻き込んでいる;それはまったく、まったくアヴドーチャ・ロマノヴナの性格にふさわしい。彼らのあいだには会見がある!……彼女もそれをほのめかした……彼女の多くの言葉……そして暗示……それらはその意味を帯びている!そして、他にどうしてこのもつれが説明できる?ふむ!そして私はほとんど考えていた……なんてことだ、私が考えたこと!そうだ、私は正気を失い、彼を誤解した!あの日、廊下のランプの下でのことは、彼の仕業だった。ふう!なんと粗雑で、嫌らしく、卑劣な考えだったことか、私の側の!ニコライは立派だ、自白したことで……そして今やすべてが明瞭だ!あの時の彼の病気、彼の奇妙な行動……その前、大学で、彼がどれほど陰鬱で、どれほど暗かったか……だが、あの手紙の意味は何だ?そこにも何かあるのだろう、たぶん。誰からだった?私は疑う……!いや、突き止めねば!」

 

彼はドゥーニャのことを思い、聞いたすべてを悟り、彼の心臓は鼓動し、そして彼は突然走り出した。

 

ラズーミヒンが出て行くやいなや、ラスコーリニコフは立ち上がり、窓のほうへ向かい、部屋の狭さを忘れたかのように一つの隅へ、そしてまた別の隅へ歩き、そして再びソファに腰を下ろした。彼は、いわば、刷新されたように感じた;再び闘争があり、したがって逃れる手段が来たのだ。

 

「そうだ、逃れる手段が来たのだ!あまりにも息苦しく、あまりにも締めつけられ、重荷はあまりにも苦悩的であった。時折、無気力が彼に襲いかかっていた。ポルフィーリのところでのニコライとの場面の瞬間から、彼は窒息し、逃れる望みもなく閉じ込められていた。ニコライの自白のあと、そのまさに同じ日にソーニャとの場面が来た;彼の振る舞いと最後の言葉は、彼が前もって想像し得たどんなものともまったく似ていなかった;彼は弱くなった、即座に、根本的に!そして彼はその時ソーニャに同意した、彼は心の中で同意した――そんなものを心に抱えたまま、ひとりで生き続けることはできないのだと!

 

「そしてスヴィドリガイロフは謎であった……彼は彼を悩ませた、それは事実だが、どういうわけか同じ点ではなかった。彼はまだスヴィドリガイロフとの闘争を迎えるかもしれなかった。スヴィドリガイロフもまた、逃れる手段となり得た;だがポルフィーリは別問題であった。

 

「そしてポルフィーリ自身がそれをラズーミヒンに説明したのだ、心理学的に説明したのだ。彼はまたしてもあの忌々しい心理学を持ち出し始めた!ポルフィーリ?だが、ポルフィーリが一瞬でもニコライが有罪だと信じたなどと考えるとは!ニコライの出現以前に彼らのあいだに起こったことのあとで、あの一対一の面談のあとで――それにはただ一つの説明しかあり得なかったのに?(その数日間、ラスコーリニコフはしばしばポルフィーリとの場面の一節を思い返していた;彼はそのことに心を留めておくことに耐えられなかった。)あのような言葉、あのような身ぶりが彼らのあいだに交わされ、彼らはあのような視線を交換し、事柄はあのような調子で語られ、あのような段階に達していた――ポルフィーリが最初の一言、最初の身ぶりで見抜いたニコライが、彼の確信を揺るがすことなどできなかった。

 

「そして、ラズーミヒンでさえ疑い始めたなどと考えるとは!廊下のランプの下での場面は、その効果を生んだのだ。彼はポルフィーリのところへ駆け込んだ……だが、後者があのように彼を迎えたのは何が原因だったのか?彼の目的は何だったのか、ニコライのことでラズーミヒンをはぐらかすことに?彼には何か計画があるに違いない;何か企図があった、だがそれは何だったのか?確かに、あの朝から長い時間が経っていた――あまりにも長い時間が――そしてポルフィーリの姿も声もなかった。さて、それは悪い兆候だ……。」

 

 

ラスコーリニコフは帽子を取り、まだ思案しながら部屋を出た。少なくとも、長いあいだで初めて、彼は心が明晰であると感じていた。「スヴィドリガイロフを片づけねばならない」と彼は思った、「そしてできるだけ早く;彼もまた、私が自分から彼のところへ来るのを待っているように思われる。」そしてその瞬間、彼の疲れた心には憎悪がどっと押し寄せ、彼はその二人――ポルフィーリかスヴィドリガイロフか――どちらかを殺すことさえできたかもしれなかった。少なくとも、今でなくとも後にはそれができるだろうと彼は感じた。

 

「見てみよう、見てみよう」と彼は自分に繰り返した。

 

だが、戸を開けるやいなや、彼は廊下でポルフィーリ自身につまずいた。彼はラスコーリニコフに会いに来たのだった。ラスコーリニコフは一分間ほど唖然としたが、それはただ一分間だけだった。奇妙なことに、彼はポルフィーリを見てもそれほど驚かず、彼をほとんど恐れもしなかった。彼はただ不意を突かれただけだったが、すぐに、瞬時に、警戒態勢に入った。「おそらくこれが終わりを意味するのか?だが、どうしてポルフィーリは猫のようにそんなに静かに近づけたのだ、何も聞こえなかったほどに?彼は戸口で聞き耳を立てていたのだろうか?」

 

「訪問客を期待していなかったでしょう、ロジオン・ロマノヴィチ」とポルフィーリは笑いながら説明した。「ずっと前から立ち寄ろうと思っていたのです;通りかかったので、五分ほど入ってみようと思いまして。出かけるところですか?長くは引き止めません。ただ一本、煙草をいただければ。」

 

「どうぞ座ってください、ポルフィーリ・ペトロヴィチ、どうぞ。」ラスコーリニコフは、あまりにも嬉しげで友好的な表情で客に席を与えたので、もし自分でそれを見られたなら驚嘆しただろう。

 

最後の瞬間が来た、最後の一滴まで飲み干さねばならない!人は時として、盗賊とともに半時間の死の恐怖を味わうことがあるが、ついに刃が喉元に当たるとき、恐怖を感じないものだ。

 

ラスコーリニコフはポルフィーリと正面に向かい合って座り、ひるまずに彼を見つめた。ポルフィーリは目を細め、煙草に火をつけ始めた。

 

「話せ、話せ」と、ラスコーリニコフの心から破裂しそうであった。「さあ、なぜ話さない?」

 

 

Crime and Punishment

by Fyodor Dostoyevsky

https://etc.usf.edu/lit2go/182/crime-and-punishment/3423/part-6-chapter-1/

 

 

(Copilot Smart)

 

 

 

 

象徴天皇制を考える(反グローバリズムの女神)

象徴天皇制を考える(反グローバリズムの女神)

 

 

 

【皇室典範”再”改正】 反グローバリズムの女神 きょうの瞑想漫談 20260909

(小山泰生象翁 の【 Shyouoo 視座(めせん) 】)

https://www.youtube.com/watch?v=M4eTx-LtX8Y&list=TLPQMDkwOTIwMjZGuBqASyYVwA&index=1

 

 

 要約

 

この動画は、「日本の伝統」とされている多くの慣習が、実は明治以降に作られた“新しい伝統”であるという点を、具体例を挙げながら丁寧に解きほぐし、さらに 現代の皇室典範改正問題・移民政策・安全保障・反グローバリズム へと議論を接続していく内容です。

 

話者は、「本来の日本の伝統とは何かを、曖昧なままにせず整理し直す必要がある」という姿勢で語り、最終的に 反グローバリズムの潮流の中で、皇位継承問題をどう考えるべきか という自身の結論を提示します。

 

 Highlights

 

“伝統”とされるものの多くは明治以降の創作

 

- 土用の丑の日=平賀源内のキャッチコピー

- 千家の茶碗の「選家実食」=三越百貨店の販売戦略

- 江戸時代の実態と異なる“商業的伝統”が多数存在

 

宮中三殿も明治期の新設

 

- 高御座・神殿などは京都御所には存在しなかった

- 明治22年に創設された構造が「古来からの伝統」と誤解されている

- NHKなども“古来の儀式”として紹介してしまう問題を指摘

 

新式結婚式も明治末期の創作

 

- 大正天皇の成婚報道を受け、東京大神宮+松屋百貨店が企画

- 物式(仏式)結婚式も本来は存在するが、現代では選択肢から外れがち

 

本来の日本文化は“決めつけない”柔軟性にある

 

- 序列化・形式化を好む近代日本の傾向を批判

- 「本当の伝統とは、曖昧さと応用力にある」と主張

 

ドイツ政治の例:右派AFDと左派BSWの“反グローバリズム”連携

 

- イデオロギーは異なるが、反グローバリズム政策で協力

- 日本の政治状況を考えるヒントになると示唆

 

皇位継承問題:愛子内親王の立太子を支持

 

- 反グローバリズムの観点から

- 皇位継承の安定

- 安全保障の自立

- 移民政策の厳格化の3点を重視

- 左右のイデオロギーを超えて協力できる可能性を語る

 

移民問題:日本は“今の段階で”考えねばならない

 

- 欧州の混乱を例に、早期の対策が必要と主張

- 日本人の国籍価値を守るべきという立場

 

結論:反グローバリズムの女神としての日本像

 

- 日本が反グローバリズムの象徴となれば、世界から注目される

- 皇室典範改正を含む制度整備が必要と締めくくる

 

 まとめこの動画は、「伝統とは何か」を再検証し、現代の政治課題(皇位継承・移民・安全保障)を“反グローバリズム”という軸で読み解くという構成で語られています。

 

必要であれば、

 

- 動画の主張の論理構造を図式化

- 明治期に作られた“新伝統”の一覧化

- 皇室典範改正論の比較整理

 

なども作成できます。

 

 

(Copilot Smart)

 

 

 

 

 

 

 

日本語を学ぶラオスの子どもらの明るき声は教室に満つ 愛子さま