第二部・詩人の再構成

「三回目の鈴木」

 

私と似ている、後ろ姿は

横顔、ちょっとした仕草

機知に富んだやさしさか

細やかな心配りだろうか

鈴木は果たしていつか

同じ孤独を知っている

雲は今日

忘れてしまった歌のようだ

漂っていくのはメロディだ

空にある

さすらいの旅路

わからないなら

わからないまま

見上げよう

歓びも悲しみも

定めないものの

 

そこへ鈴木がきた。そこで好き勝手なことをしゃべった。私は酔うとペラペラと話しだす。私の真実は酔ったとき言葉として発露する。そして四条大宮からタクシーをフンパツして帰った。

 

[#地から1字上げ](三月二十九日)

 

「乳母車のキミたちへ」

 

甘えるのはよそうぜ、孤独か! 孤独って楽しいぜ。(悦子)

 

ヘイ、ベイビー

これからデモへ行かないか

国家権力との対決なくしては

人間は機械になってしまうんだ

 

ヘイ、ベイビー

甘えるのはよそうぜ

孤独とは、群衆の中へ

自ら探しに行くものなんだ

 

ヘイ、ベイビー

真理が、正義が、愛がある

敵は日本帝国主義国家である

そして私は世界の人民と共にある

 

いいだろう?

 

[#地から1字上げ](四月二十五日)

 

母よ――

淡くかなしきもののふるなり

紫陽花いろのもののふるなり (三好達治

 

私は何よりも自由と平等を愛する人間である。自由平等であるべき人間を支配し、搾取し、収奪し、圧しつぶしている日本帝国主義国家に対し、ここに圧しつぶされぬ人間のいることを行動でもって提示し、人民の力強い闘志を示す。国家がいかに強大な権力をもっていても私は屈することはないだろう。

 

[#地から1字上げ](四月二十四日)

 

暗闇でもなく、明るい光線にみちあふれているのでもなく、ぼんやりとした何もない空間の私の世界。国家権力、そんなものは存在しているかさえ定かでない。私自身の存在が本当に確かなものなのかも疑わしくなる。他者を通じてしか自己を知ることができぬ。他者の中でしか存在できぬ、他者との関係においてしか自己は存在せぬ。自己とは? 自己とは? 自己とは? 

 

[#地から1字上げ](四月二十四日)

 

異人たちとの夏」(スケッチ15)

 

「何だって、もう出て行った人だって」

「七月の中旬に自殺した女だというのです」

「確かに三〇五号室なのか」

「ナイフで自分の胸を七ヶ所も突いて死んだのだそうです」

「どうして……」

「警察が七ヶ所といったそうです」

「どうして知らなかったのだろう」

「家族を呼び周囲にはなるべく隠して始末したそうです」

「どうして自殺なんかしたのだ」

「胸にひどい火傷を負っていたそうです」

「やけど……」

「整形手術もうまく行かず。人とは付き合いもなく。おそらく孤独にまいったのだろうと」

「名前は」

「藤野桂。契約書などにはケイとルビを振っていたそうです――あっ!」

「どうした――あっ」

「出ちゃいけない!」

「ケイ。……」

「口をきくな、原田さん!」

「聞いたよ。……」

「よせ。――南無妙法蓮華経!」

「一緒にいよう。構わないから一緒にいよう」

「やめろ、原田さん。――南無妙法蓮華経!」

「大丈夫だ。間宮さんにはなにもしやしない」

「あの女の宗旨はなんですか!」

「信仰はないみたいだよ」

「家にはあるでしょう!」

「そこまでは知らないよ」

「他人事みたいに、落ち着いている場合ですか!」

「来るよ、来るよ!」

「もう駄目だ、後がない!」

「――覚えているな」

「何を」

「――シャンペンの夜だ」

「ああ、あの夜か……」

「――道連れにしてやる」

「全部が芝居だったのか。愛はどうした」

「――甘いことを」

「お門違いだ、赤の他人に。もっとも、人生なんてそんなものか」

「――生きたらいい。下らない生命を大事にしたらいい」

「じゃあ、道連れにしないのか」

「――しないのではない。もう、出来ないのだ」

「俺の心を疑うのか」

「――きれいごとを言いながら、お前の心は離れていた」

「なるほど、言われてみればそうかもしれない」

「――殺さずに消えるけれど、お前に好意などこれぽっちも持っていない」

 

「牧野さん」(一回目)

 

思いきり泣いて笑って話してみたかった。きのうは永井さんの所へ行って失敗をした。今日は一時間ばかり独り言をいい続けた。大学のこと、自分のこと、牧野さんのこと……。牧野、彼女こそ友というべき友である。しかし彼女はきびし過ぎる。強すぎる。私は弱すぎる。/私は詩が好きだ。詩は鋭く豊かで内省的で行動的……。詩は真実の世界をのぞかせる。詩は人間をうたう。私は詩人になりたいと思うときがある。

 

[#地から1字上げ](二月五日(水))

 

「四五回目以後の鈴木」

 

機知とウィットに富んだやさしさと細やかさ溢れる鈴木は、孤独であることを知っているのではないだろうか。/そこへ鈴木がきた。/闇の中にカランカラン笑い声をたてて去ってゆく鈴木の姿。/夢の世界で、後ろ姿で去っていった鈴木の姿を考えるとたまらない。寂しがりやで可愛い鈴木少年よ。/鈴木は自分が独りであることを知っている。/ちっちゃな坊主の鈴木。甘えん坊で意地っぱりな鈴木よ。

 

◎四月五日

 

独り――独りであることに慣れてしまったのかな。

 

死――一週間ほど前、死は恐ろしいものだった。全く未来のない暗黒の世界。その頃は鈴木への恋愛の幻想を描いていたから(今ではその幻想は崩れてしまっている)自分が、つまらない卑しい人間であると思っているのはよい。その半面、立派な人間であると思っているそのことが本当はつまらないのではないか。

 

「牧野さん」(二回目)

 

でも、その解決を酒に求めた。葡萄酒を二杯のみ酔えそうにもないので、八木さんからレッドの角びんを借り一杯半のんだ。酔いながら牧野さんのところへいく。あくまで自分の荷は自分で背負うべきであると思ったが弱かった。その後、はき気を催して、お手洗いにいった。気儘にはき散らして、そこに坐りこんだ。しばらくたって気分が落ちついたら掃除をするつもりだった。彼女が塩水をもってきてくれた。そして私を部屋に連れ戻し掃除をしてくれた。感謝した。「シッカリしろ! 悦子」と叫んだ。私はそのまま寝ていた。彼女は強い、私は弱い。

 

[#地から1字上げ](二月六日 悦子)

 

デモ、解決を酒に求めた。もはや葡萄酒では酔えなかった。山羊さんからレッドの角びんを借りてバケツ一杯半のんだ。酔いながら牧野さんのところへいく。牧野さんも二度目ならあくまで自分の荷は自分で背負うべきであると思ったけれど、その言葉自体が駱駝の背骨を折る一本の藁のようなものだった。量から質への大転換点。その後、はき気を催してお手洗いにいった。気儘にはき散らして、そこに坐りこんだ。しばらくたって気分が落ちついたら掃除をするつもりだった。彼女が塩水をもってきてくれた。そして私を部屋に連れ戻し掃除をしてくれた。感謝した。「シッカリしろ、悦子」と叫んだ。私はそのまま寝ていた。なぜだろう、その時のことが今でも忘れられない私の記憶になっている。宇宙は強い。アシは弱い。気が付くと私の目の前には機動隊が立ちはだかっていた。気儘にはき散らして、そこに坐りこんだ。しばらくたって気分が落ちついたら掃除をするつもりだった。この時、ノートへの鈴木登場まであと三九日。

 

[#地から1字上げ](二月六日 ニセ悦子)

 

「二月八日(土)晴」

 

煙草を七、八本すってお手洗いに行ってもおちつかなかったさ。どこにも行くところはなかったさ。しかしコンパに行こうとサ店を出たさ。寒くてブルブルふるえながら歩いたさ。電車に乗ってもふるえがとまらなかったさ。窓に映る景色は見知らぬ町のようだったさ。四条でおり五条までかけていったさ。ああ、ナンクルナイ。夏まで生きていようと思ったさ。

 

[#地から1字上げ](猫玉)

 

「大切にしてきたこと」

 

大切にしてきたこと

些細な保証を、求め続けて

 

新しく生まれた美しさと

失くしてしまった大事なものを

 

いつも考えているのに

記憶の棚からは、離れて行く

 

[#地から1字上げ](小西真奈美

 

日本沈没

 

勝手じゃないですか。高野さんは自分の弱さを社会の所為にしている。

しかし、彼女が恨みを抱いて死んだことには違いない。

 

先生は何か起こることを、内心期待しているのですね。

諸君、心の問題か。昔のドラマの台詞だね。

 

「最後の鈴木」

 

鈴木。彼は今日も私に語りかけたそうにしていた(このウヌボレめ!)しかし私は何も彼に話さなかった。

 

[#地から1字上げ](五月七日 晴)

 

この日付を最後に高野さんの日記には「鈴木」の記述は無くなっている。この時、高野さんは「鈴木」に何を期待していたのだろうか。そして、何に失望を感じて「鈴木」を無くしてしまったのだろうか。私には今でもわからない彼女についての疑問になっている。

 

[#地から1字上げ](牧野)

 

彼は何よりも話すこと、書くこと

言葉の無意味さ。沈黙が彼を語る

 

スキー道具一式を売って「資本論」を買うか

彼女と一緒にドライブにでも行って楽しむか

 

私、自分に対しての演技はできるが

他者に対しては、からっきし駄目だ

 

シアンクレールでジャズを聴く

賃金、価格、利潤、を読み通す

 

「最後の牧野」

 

きのうのこと。八時ごろ起きたのかなア。掃除をせずにバイト先でもらった海苔で朝飯一合を食って、新聞を読んだ。放送法電波法の改正とか、大学管理法の立法化準備だとか、地方自治体で合理化の一環として六五年ごろから民間委嘱がふえつつあるとか、公害のこととか……そのあと学校へ行って図書館で本を借り、恒心館にいき、牧野と会って開講の問題について話し、また私のいい加減さについて指摘され、バイト先へ、中核の宮原という男にオルグされるのを振り切って。

 

[#地から1字上げ](五月三日(土))

 

何故、闘った

何故、闘う

 

単純細胞

実践の力

 

基底には非の現実

薄い一枚のベール

 

瞬間に生きないものは、死ぬのだ。この一瞬

一瞬が機動隊のふりおろす警棒の瞬間である

 

日常を取り囲んだ空間に私は生きている

休みなんていうことがあるものだろうか

 

今日は、バイト先の従食で隣に坐った男の人が

京都国際ホテルに職場反戦があるのを告げる日

 

「レクイエム」

 

わたしの中の鈴木は

いつも酒を求めてさまよっている

 

このボージョレめ!

しかし私は何も彼に話さなかった

 

ヌーボーの中にある古さのような

鈴木を愛することには時間がかかる

 

何度、髪を切っても

変わらないものは何だ

 

「牧野の回想」

 

私には彼女を語る資格があるのか今でも思うことがあるのです。検索の結果私の記述は五月三日で終わっています。なんと、あの「鈴木」よりも四日も早く!はたして、彼女にとって私という存在は何だったのか。少なくとも、あの「鈴木」と同様に、彼女の死の原因では無かったかもしれませんが、一方で、只それだけの存在だったのかとも思われるのです。最後の、あの「旅に出よう……」の詩を除いて、彼女のいい詩は、五月五日付けのそれ(「初夏の五月の……」)以降はありません。散文はともかく、彼女のその詩のようなものは、まるで言葉が空疎になっているのがわかるでしょう。そして、そんな彼女が、ついに、「詩よ どうか私をなんとかしてくれ・ アハハ」と書いたのが六月二十一日。つまりは、彼女の死の三日前であったわけなのです――そうそう、三箇所か、使える部分は――すべて流れゆく旅人の気持でこよなく彼を/彼女を愛して通り過ぎてゆくのがよいのだ。

 

[#地から1字上げ](E)

 

四月二十二日 昨日あたりから太宰が読みたくなっている。

 

[#地から1字上げ](最後の太宰)

 

何が新しく生まれた美しさで、何が失われた大切なものか、いつも考えていなければいけませんよ。

 

[#地から1字上げ](柳田國男

 

五月五日 権力に対する防衛として「田川治子」という名を使うことを、ここに決定する。カッコイーッ!

 

A Eはきっと太宰を読み過ぎたんだ。

B ポパイ氏って誰?

 

バイト先。従食を出たときポパイ氏に会う。始めソッポをむいていたが、後ろから笑い声がしたので仕方なく(エヘッ)私も笑い、後ろをむいて話す。休みのとき、どこかへ行こうという。/「恋愛の幻想からの訣別」だぞ! そうです。幻想なんて描くな。ただありのままのポパイ氏をみること。

 

[#地から1字上げ](五月五日)

 

寅の恋人や!(源)

そういうことか。困った。(御前)

 

五月七日 今日バイト先にポパイ氏はいなかった。休日なんだろう。彼女と一緒にドライブでも楽しんでんじゃないのかな。

 

「大団円」

 

カッコとの対話はこれからも

ズット続くのでしょう。(Eだろう?)

 

何が何だかわからないのよ

彼とは一体、何だったのよ

 

いまの、時間が永遠ならば

寂しさみたいなものなのか

 

あるいはものでも

何でもないのか。(あ、牧野でした)

 

卑小さと醜さに括弧を付けて

判断中止の、予報に感じても

 

雲にのりたい

雲にのって遠くに行くのだ

どこか遠くの、小さな街に

 

雲にのろう

雲にのって

ゆれ動く青空をながめよう

 

そこには小鳥のさえずりも

木々のさざめきもない、けれど

はてしない、空虚な広がりがある

 

ちっとも眠くない。永遠に夜が続くような静かさだ。水道の蛇口がゆるんでいるのか、ポタリポタリという音が、カチカチいう時計の音にまじってきこえている。本当に何もないのだ。雨の中につっ立って、セーターを濡らし髪を濡らし、その髪の滴が顔に流れおちたところで、どうということはない。

 

[#地から1字上げ](六月十八日)

 

あっ、出ちゃいけない!

南無阿弥陀仏!南無妙法蓮華経!アーメン!

高野さん、そんなことをしたら風邪をひくぞ!

樹里金さん、彼女はまだ浮かばれていないの?

のんさん、そんなことは直接本人に聞いてくれ。

 

した した した。耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずと睫《まつげ》と睫とが離れて来る。膝が、肱《ひじ》が、徐《おもむ》ろに埋れていた感覚をとり戻して来るらしく、彼の人の頭に響いて居るもの――。全身にこわばった筋が、僅かな響きを立てて、掌・足の裏に到るまで、ひきつれを起しかけているのだ。

 

[#地から1字上げ](死者の書

 

高野さーん、あなたはもう死んでいるのだぞ!

甘いことを!

 

そうして、なお深い闇。ぽっちりと目をあいて見廻す瞳に、まず圧《あっ》しかかる黒い巌《いわお》の天井を意識した。次いで、氷になった岩牀《いわどこ》。両脇に垂れさがる荒石の壁。したしたと、岩伝う雫の音。

 

[#地から1字上げ](死者の書

 

高野さーん、一体、何が望みなのだ?

甘いことを!

 

時がたった――。眠りの深さが、はじめて頭に浮んで来る。長い眠りであった。けれども亦、浅い夢ばかりを見続けて居た気がする。うつらうつら思っていた考えが、現実に繋《つなが》って、ありありと、目に沁みついているようである。

 

[#地から1字上げ](死者の書

 

樹里金さん、あら、高野さんが雲にのったわよ!

のんさん、作戦成功。これで事件は解決しました。

樹里金君、説明をしてくれないか。

等々力さん、高野さんはようやく湖に沈むことができるのです。

樹里金さん、雲に浮いたり、湖に沈んだり、彼女はどうなるの?

のんさん、矛盾するその二つが高野さんの望みだったわけなので。

樹里金君、しかし、それがどうして、かなったと言えるのだね?

等々力さん、お楽しみはこれからです。

樹里金さん、もう、アタシ、楽しいだけじゃもの足りないの。

樹里金君、そんなことよりも、これからって、来年のことなのか。

 

ご存知のように来年は『遠野物語』発表から百年目に当たります。

よし、わかった!遠野地方は、昔、湖だったという伝説だ。

歴史や昔話、雲や湖、その他、彼女の願いが集約的に叶うのは――

そうです、のんさん。所謂一つの盆地小宇宙「遠野」しかないのです。

 

もう、政治にもNHKにも期待しない。これからは、ドラマもライフも日本人一人一人が自分で紡いで行ける時代になるだろう。還暦に一年遅れることになったが、彼女の耳に順って、『遠野物語』の百年目ブームにも便乗して、書店の棚にこっそり『二十歳の原点』を差し挟もうと思っている。その時は、帯の推薦文は主演の誰かが書いてくれたらいいな。

 

例文一。原作とはチョット違う『二十歳の原点』。そんな高野さんを演じつつ、『遠野物語』の百年目を迎えられたことに運命を感じて、ダダダダダと踊っています。イヒッ。

 

[#地から1字上げ](愛菜

 

例文二。最初、あの着ぐるみには違和感があったけれど、最後は自分の肌のように馴染んでいました。当時は、日本もETも大変だったんだあと思ったら泣けて来ちゃって。おかしいですよね、大阪で生まれたわけでもないのに。エヘッ。

 

[#地から1字上げ](すず)