ゴー・バック・ヤンキー3

記者 CNNから宮田選手に直接取材の申し入れがあったそうです。体操はアメリカでも人気のスポーツ。宮田選手自身、こんな19歳に厳しい日本で体操を続けるよりも、自由の国・アメリカで、自分の今鹿ない能力を、組織の目を気にせずに、思い存分発揮できるなら、われわれ、ニッポンの女子体操ファンとしても大歓迎でしょう。とはいえ、宮田選手の場合は、世界の小澤のように、NHKと喧嘩別れして渡米・ボクの音楽武者修行というような荒行ではなく、順大とアメリカの大学が提携するかたちで、上手に彼女を悪い環境(家父長制)の土地から逃してあげる、そんなパターナリズムが必要なのではありませんか。

 

会長 迷惑行為はやめて下さい。ころすぞ!

 

[#地から1字上げ](新党わさお合唱団)

[#地から1字上げ](注・コロス――小学館

[#地から1字上げ](古代ギリシア劇の合唱隊。劇の状況を説明するなど、進行上大きな役割を果たす)

 

 

「でもあなたの言い方はすごく変だったわよ。いい? 私が『象が消えてしまうなんて誰にも予測できないもの』と言ったら、あなたは『そうだね。そうかもしれない』って答えたのよ。普通の人はそういう答え方はしないわ。『まったくね』とか『見当もつかないな』とか言うものじゃないかしら」

 

僕は彼女に向って曖昧に肯いてから手を上げてウェイターを呼び、スコッチのおかわりを頼んだ。新しいオン・ザ・ロックがやってくるまで、暫定的な沈黙がつづいた。

 

「ねえ、私にはよくわからないわ」と彼女は静かな口調で言った。「あなたはついさっきまでとてもきちんと話をしていたのよ。象の話になるまではね。でも象のことになるとなんだか急にしゃべり方がおかしくなっちゃったわ。何を言おうとしているのかよくわからないし、いったいどうしたの? 象のことで何かまずいことでもあるの? それとも私の耳がどうかしちゃったのかしら?」

 

「君の耳はおかしくないよ」と僕は言った。

 

「じゃああなたの方に問題があるのね?」

 

僕は指をグラスの中に入れて氷をくるくるとまわした。僕はオン・ザ・ロックの氷がグラスにぶつかるときの音が好きなのだ。

 

[#地から1字上げ](象の消滅、五四頁)

[#地から1字上げ](村上春樹全作品8、講談社、1991年)

 

 

(1)カインの異端的思想……旧約創世紀四章八―九。カインは弟アベルを野原で殺し、主から「弟アベルはどこにいるか」と問われ、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」と答えた。このカインの考え方をアタスンが採用したことをいう。

 

(2)デモンとピシアス……ギリシア古代、前四世紀前半の二人の青年。きわめて信義の厚い親友であった。ピシアスが死刑の宣告を受けたとき、家事の整理のため帰宅するあいだデモンが身代りとして獄に入った。ピシアスが約束どおり刑をうけるため帰ったので、ディオニシウス王はその信義に感じてその罪を許した。

 

(3)フェル博士……Dr. John Fell(1625 - 86)オックスフォードの有名な宗教家・教育者だったが、大学の下級の友トマス・ブラウンが"I do not love thee, Dr. Fell,/The reason why I cannot tell."という詩を作ったので、「何となくとっつきにくい(いやな)人」のことをいうようになった。

 

(4)フィリッパイ市の囚われ人……新約使徒行伝一六章二五、二六。ピリピの町で使徒パウロはシラスとともに捕えられ、獄にいた。「真夜中ごろパウロとシラスとは神に祈り、讃美を歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。ところが突然、大地震が起こって、獄の土台が揺れ動き、戸は全部たちまち開いて、みんなの者の鎖が解けてしまった」

 

(5)バビロンの王城……旧約ダニエル書五章。

 

(6)避難の都市……旧約ヨシュア記二〇章一―三。「そこで主はヨシュアに言われた、『イスラエルの人々に言いなさい、先にわたしがモーゼによって言っておいた、のがれの町を選び定め、あやまって、知らずに人を殺した者を、そこへのがれさせなさい』」

 

[#地から1字上げ](ジーキル博士とハイド氏、田中西二郎訳、新潮文庫、1967年)

 

 

七頁 カインの主義 カインはアダムの長子で、弟アベルを殺した男。旧約聖書創世記第四章第八―九節に「彼等野におりける時、カインその弟アベルに起ちかかりて、これを殺せり。エホバ、カインに言いたまいけるは、汝の弟アベルはいずこにおるや、彼言う、我知らず、我あに我が弟の守者《まもりて》ならんや、」とあるので、ここにアッタスンが「カインの主義」と言ったのは、知っていて知らぬ振りをすることを意味したのである。

 

一九頁 デーモンとピシアス 二人とも古代ギリシアの人で、その友情の厚いので有名であったので、「デーモンとピシアス」という語は、漢語における管鮑の交、刎頸の友、莫逆の友即ち親友を意味すること、「ジーキルとハイド」が二重性格を意味するようなものである。

 

二一頁 彼がハイド氏なら…… ハイドという名は「|隠れる《ハイド》」という語と発音が同じであり、シークは「探す」という意味である。「ハイド・アンド・シーク」は隠れんぼを意味するので、その洒落である。

 

二五頁 フェル博士 別に理由がなくて人に嫌われたという人物。

 

八九頁 あのフィリッパイの囚人のように フィリッパイは昔のマケドニアの都市、聖書のピリピであって、この「フィリッパイの囚人」はパウロとシラスとをさす。使徒パウロとシラスとがフィリッパイに伝道に赴き、その地で投獄せられた。「夜半ごろパウロとシラスと祈りて神を賛美するを囚人ら聞きいたるに、俄かに大いなる地震おこりて、牢舎の基ふるい動き、その戸たちどころに皆ひらけ、すべての囚人の縲絏《なわめ》とけたり、」と新約聖書使徒行伝第十六章第二十五―六節に記されているところから、言った文句である。

 

九四頁 壁にあらわれたあのバビロニアの指 昔バビロンの王ペルシャザルが酒宴を開いている最中に、人の手の指があらわれて、王宮の壁に解し難い形の文字を書いた。王は大いに恐れて、バビロンの知者どもにそれを解き明かさしめようとしたが、皆読むことができなかった。ダニエルが召されて、その文字を読み、王の治世の終りと国の分裂とを示すのであると言った。その予言はその後間もなく実現された。旧約聖書ダニエル書第五章に記されている故事である。

 

九九頁 逃遁の邑 古代ユダヤで誤って人を殺した者を庇護した町である。旧約聖書民数紀略第三十五章、ヨシュア記第二十章などに記されている。

 

[#地から1字上げ](ジーキル博士とハイド氏の怪事件、佐々木直次郎訳、新潮文庫、1950年)

 

 

ひとつ、村上さんでやってみるか。

 

[#地から1字上げ](1180年、木曾義仲挙兵)

[#地から1字上げ](1185年、全国に岸田BOXを設置)

[#地から1字上げ](1192年、女性初西村智奈美総理大臣誕生)

 

 

「世界は本当に便宜的に成立しているの?」

 

僕はポケットから煙草をとりだして口にくわえ、ライターで火をつけた。

 

「ただそう言ってみただけです」と僕は言った。「そう言った方がいろんなことがわかりやすいし、仕事もしやすい。ゲームみたいなもんです。本質的な便宜性とか、便宜的な本質とか、いろんな言い方ができるし、そういう風に考えていれば波風も立たないし、複雑な問題も起きませんからね」

 

「なかなか面白い意見だと思うわ」と彼女は言った。

 

「べつに面白くもなんともない。誰でもが考えていることです」と僕は言った。「ところでそれほど悪くないシャンパンがあるんだけれど、いかがです?」

 

「ありがとう。頂くわ」と彼女は言った。

 

僕と彼女はそれから冷えたシャンパンを飲みながら世間話をしたが、話をしているうちに二人のあいだには何人かの共通の知人がいることが明らかになった。我々の属している業界はそれほど広いものではないから、いくつか石を投げればひとつかふたつは〈共通の知人〉に当たることになる。それに加えて、僕の妹がたまたま彼女と同じ大学の出身だった。我々はそのようないくつかの名前を手がかりにして比較的滑らかに話題を広げていくことができた。

 

[#地から1字上げ](象の消滅、五一頁)

[#地から1字上げ](村上春樹全作品8、講談社、1991年)