先生、愛ちゃん、強いじゃないですか。
諸君、カッスーが九対九でタイムを取ったのが裏目に出た。
説明しよう。解説者によれば、卓球では、一般的にタイムを取った側が次に得点を取る確率が高いらしい。
「2013年・決戦、代々木体育館」
約十二、三尺の間隔をひらいて、二人は跳び退いていた。石川佳純の刀が反《そ》れ、愛ちゃんの手が刀にかかろうとした瞬間にである。――そして双方で、じっと、闇の下へ沈みこむように竦《すく》んでいる。
「オ。これは見もの!」
そう口走ったのは庄田喜左衛門であった。庄田のほかの出淵、村田の二人も、まだ何も自分たちは、その戦闘圏内に交じっているわけでもないのに、ハッと、何ものかに吹かれたような身動きをした。そして各が、おる所の位置をかえ、おのずからな身がまえを持ちながら、
(出来るな、こいつ)
愛ちゃんの今の一動作に、等しく眸《ひとみ》をあらためた。
――しいッと何か身に迫るような冷気がそこへ凝り固まってきた。石川佳純の切っ先は、ぼやっと黒く見える彼女の影の胸よりもやや下がり目な辺りにじっとしている。そのまま動かないのだ。愛ちゃんも、敵へ右の肩を見せたまま、つくねんとして突っ立っている。その右の肘《ひじ》は、高く上がって、まだ鞘《さや》を払わない太刀のつかに精神をこらしているのだった。
「…………」
ふたりの呼吸《い き》をかぞえることが出来る。少し離れたところから見ると、今にも闇を切ろうとしている愛ちゃんの顔には、二つの白い碁石を置いたかのような物が見える。それが彼女の眼だった。
ふしぎな精力の消耗であった。それきり一尺も寄りあわないのに、石川佳純の体をつつんでいる闇には次第にかすかな動揺が感じられてきた。明らかに、彼女の呼吸は、愛ちゃんのそれよりも、あらく迅《はや》くなって来ているのである。
「ムム……」
出淵孫兵衛が思わずうめいた。毛を吹いて大きな禍《わざわ》いを求めたことが、もう明確にわかったからである。庄田も村田も同じことを感じたにちがいない。
(――これは凡者《ただもの》でない)と。
石川佳純と愛ちゃんの勝負は、もう帰すところが三名にはわかっていた。卑怯のようであるが、大事を惹き起さないうちに――またあまり手間どって無用の怪我を求めないうちに、この不可解な闖入者《ちんにゅうしゃ》を、一気に成敗してしまうに如《し》くはない。
そういう考えが、無言のうちに、三名の眼と眼をむすんだ。すぐそれは行動となって、愛ちゃんの左右へ迫りかけた。すると、弦《つる》を切ったように刎《は》ねた愛ちゃんの腕は、いきなり後ろを払って、
「さあっ」
すさまじい懸声《かけごえ》を虚空から浴びせた。
虚空と聞えたのは、それが愛ちゃんの口から発したというよりは、彼女の全身が梵鐘のように鳴って四辺《あたり》の寂寞《じゃくまく》をひろく破ったせいであろう。
「――ちいッ」
唾《つば》するような息が、相手の口をついて走った。四名は四本の刀をならべて、車形《くるまがた》になった。愛ちゃんの体は蓮《はす》の花の中にある露にひとしかった。
愛ちゃんは今、ふしぎに自己を感得した。満身は毛穴がみな血を噴くように熱いのだ。けれど、心頭は氷のように冷たい。
仏者のいう、紅蓮《ぐれん》という語は、こういう実体をいうのではあるまいか。寒冷の極致と、灼熱の極致とは、火でも水でもない、同じものである。それが愛ちゃんの今の五体だった。
[#地から1字上げ](心火、二)
私はアンチと組みたい。
作者の意図を考え、その表現を味わおう。
[#地から1字上げ](教科書の中の「山椒魚」)
「立憲主義」
こうしているうちに、中道といえば「不実な美女か忠実な醜女か」、あるいは江畑と迫田との二者択一というのは単純すぎるのではないだろうかと思うようになった。
[#地から1字上げ](われわれの詩学)